Note No.6

小説置場

2016-07-02から1日間の記事一覧

夜明かしの友よ

喉の渇きを覚えた紀和子は、部屋を抜け出して居間へと向かった。なるべく音を立てないよう廊下を歩いたのは、誰もが寝静まる時間帯であることを理解していたからだ。気がつけば深夜になっていることは多々あるので驚きはなかったが、既に眠りの世界に突入し…

マジックワールド

もしも魔法が使えたらきっと。 「頼人くんには無理だと思いますけど」 呑気そうな顔をして、朗らかな笑顔を浮かべて晴乃はきっぱりと言った。明後日提出の課題をこなしながら、それはもうあっさりと。まるで淀みのない口ぶりに、一応反論を試みる。「そんな…

蛇使いの女

彼女は何かと話題に事欠かない人である。そもそも、その容姿だけで話の種になるのは充分なのだ。すらりとした肢体に、バランスのいい体つき、整った顔立ちに、豊かな栗色の髪はふわりと波打っている。歩く姿はまさに優雅、彼女のいる場所だけを切り取れば、…

Time Cake

寮に戻ると、班長である志摩あやめが唇を尖らせていた。居間のソファでクッションを握りしめながら、同じ学年で3年間同寮である宝谷紀和子へ向けて「酷いよね」と力説していた。 頼人はどうしたらいいかわからず、とりあえず玄関の扉を丁寧に閉めた。何だ、…

オリエンテーション

入学式を終えた新入生はそのまま自分たちの教室へと向かう。会場に入った時点でクラスはわかっているし、席順はクラスごとになっていた。そのため、入学式会場だった体育館からの道のりは、必然周囲の人間と同じになる。 緊張気味の面子に混じり、頼人も自分…

Ready?

物理の授業を終えた頼人は、机の隣に掛けておいた鞄を探る。中から手帳サイズのパソコンを取り出すと胸ポケットに突っ込んで、そのまま教室を出て行った。休み時間中に移動を完了しなくてはならず、一秒でも遅れれば罰則が待っているのだ。 廊下に設置された…

時流

それじゃあ、とあやめは言った。いたって当たり前の顔をして、今日の夕食をどうしようか、といった風情で、今回の侵攻作戦について詳細を語り始める。この場所の地形と一度目の襲撃から考えられる、敵の野営地の仮説。優先順位の高い順に一つずつ、それらを…

久闊

楢崎晴乃が分隊長に打診されたのは、極秘裏に決行される少数精鋭の侵攻作戦だった。まだ決定ではない、お前に決断権がある、と言われて晴乃は首を傾げたが(軍部における個人の決定権など、絵に描いた餅より意味がない)、テントをくぐって大体の事情を理解…

果断

志摩あやめがすぐさま的確な判断が出来たのは、事前に参加者を全員把握していたからだ。ほとんど習慣といっていい行動で、特に深い意味はなかった。今回のように、合同の基礎演習などは参加者が多方面に渡るため、かなりの大人数になる。尚且つ実践ではない…

静かの海

寄せては返す波の音。さわさわと吹き抜ける風。波打ち際を歩く二つの人影を、月明かりが照らしている。浜辺に落ちた青い影が、静かに動いていく。波の音と風の音だけがしている。 会話はなかったが、構わなかった。言葉はこの場所に必要なかった。ただここで…

呼ぶ声は遠く

一人、また一人と鼓動を止めていく。私の心臓が止まる時間も、確実に近づいているのだろう。かろうじてまだ拍動を刻んでいるのは、体力だけはある人間だったことと、怪我の度合いが比較的軽かったからだろう。「……楢崎大尉…」「どうしましたか」 吐息のよう…

グラウンドゼロ

油断していたわけではなかった。それでも結果からすれば単なる言い訳でしかないのだとはわかっているけれど、警戒を怠っていたつもりはなかった。まったく突然に、降って沸いたように敵が現れるなど予想もしていなかった。 もちろんすぐに臨戦態勢に入った。…

君の名前

同じ学校出身で3年間一緒にチームを組んだ同期が、すごい名前で呼ばれているのを知った。発端は新しく顔を合わせた部下の一人と話している時だった。そういえばお前、もうすぐ外回りだっけ、とか聞いたのだ。あまり前線に縁がない部署なので、それを改善しよ…

静謐に告げる

この日が来ることを、俺はもうずっと前から知っていた。だから今日がその日だと知った時、俺の心は嘘のように落ち着いていた。風一つ吹かない、鏡のように静かな湖面が広がっている。俺を波立たせるものは、何一つない。だってもう随分と前から、俺はこの日…

勧酒

「そういえば、今回の総司令ってあやめ先輩だろ?」 久しぶりの居酒屋で、乾杯をしてから聞いてみる。もう終わったことだし、別に機密に触れるような話ではないから気軽だ。一応個室だけど、聞かれたところで被害があるわけでもない。 晴乃は一息にビールを…

Welcome home!

夜勤明けの朝、食堂に寄ってから帰るか、という時刻だった。退勤を記録して、食堂につながる廊下を歩いていると、何やら前方が騒がしい。一応場所柄、そう無闇に騒ぎ立てるような人種はいない。だから、あからさまに騒ぎが起きているという風ではなかった。…

夜来

いつか、その日が来るとしても。 雨が激しくなっているようだ。窓を打つばかりだった雨粒が、今はもう襲いかからんばかりの勢いを持っている。建物ごともぎとっていこうとするような、何もかもを破壊しつくそうとするような。気象部のデータでは夜半がピーク…

Navigation to the school

あなたの学校が決まりましたよ、と突然保阪に言われた。保阪はいつも突然だから、いきなり言われたこと自体は驚かない。だけど、学校が決まった、というのは聞き捨てならない。病院近くの公立高校に行くもんだと、ずっと思ってたのに。爺ちゃんの見舞いにも…

月下美人

影となり、月となり、寄り添って生きるでしょう。 出会いはほんの気まぐれでした。きっかけは、母に連れられて通い始めた礼儀作法の教室です。(思えば、いずれ楢崎の家に迎え入れられる日に向けた準備だったのでしょう)理由を理解するには幼く、必要性を感…

崩落の揺りかご

(きこえますか?) 死んだように静かな空。凪いだ海は波一つ立たない。動くものはどこにもなく、ただひっそりとしている。風もなく、草原は少しもそよがなかった。生き物の気配は遠く、何もかもから取り残されているような気がする。もしかしたら、知らない…

行きて帰りし

強い笑顔で放たれた言葉に、わかってしまった。覆せない意志を持って、もう晴乃は決めてしまったんだとわかった。自分自身の心に従い、折れない決意で決めてしまった。そんなことわかってる。凛と力強く、凍てつくような美しさで、決めてしまったんだ。それ…

赤き光空に満つ

空が赤く染まっていた。一日の始まりを告げる朝焼けに似ていた。家路を急がせる夕焼けのようだった。見慣れた風景に似ていて、だけど決定的に違っているのだと、知っている。清々しい朝なんて訪れない。帰るべき家などない。それら全ての日常を根こそぎ奪い…

Nothing talks

男の数が減ったからと言って、大いにモテ始めるということはない。断じて、絶対に、ない。結局の所、イケメンが今まで以上にモテるだけだ。今まで5人にちやほやされていたイケメンが、今度は10人にちやほやされるだけで、モテない所に5人が回ってくるわけで…

Nice to meet you!

荷解きをしていたら、控え目なノックの音が響いた。思わず背筋を正してしまったのは、これから一緒に暮らす人間の誰かだ、ということがわかっているからだ。爺ちゃんと二人暮らしだったのに、いきなり五人一緒に同じ屋根の下ってだけでもかなり緊張する。「…

明日天気になあれ

泣かないで、私の太陽。 頭を撫でると熱い体温が伝わってくる。いつものぬくもりとはまるで違う、強さを持った熱の塊。まるで、と私は思う。まるで体に炎を抱えているようだ。ずっと触れていれば火傷してしまいそう。暴力的なまでの命の燃焼。私にはどうする…

幸福な食卓

「じーちゃーん。ただいまー」 自転車から大量の袋と箱を運び入れながら、家の中に声をかける。スーパーまでは遠いから、寄って帰ると遅くなる。さっさと夕食の準備しないとな、と思っていると爺ちゃんが玄関にやって来た。「お帰り、頼人。すごい荷物だな」…

白い食卓

早く目が覚めてしまってリビングに行く。扉を開いたら、僕を見たお母さんとお父さんが笑っていた。「どうした頼人、随分早いな」 いつも目が覚めた頃には会社へ行っているお父さん。こんな風に、朝ご飯を食べている所なんて休みの日しか見ないから、Yシャツ…

「終末の砂時計」

あらすじ 世界は終わりに向かって進んでいる。ナショナリズムの台頭により、各国は鎖国状態となり、摩擦が肥大化、日本も軍事政権に取って代わった。そんな中、男性の致死率が高い特殊ウィルスが世界中に流行し、地球上の人口は日々減り続けていた。少年は、…

Four Signals---backstage

間奏が始まった途端、舞台裏でステージを注視していたメンバーは、「あれ」という顔をした。 前回は歌ってくれるだけでもありがたい、と思っていた相手である。あまり無茶な注文をして「嫌です」と言われてしまえば元も子もない、と無理は言わないようにして…

Backstage---1st grade

最終チェックとして映像器具を点検していた真穂は、見慣れないものを発見した。映研全体でも、映像編集に携わっている修平がいるからこそ、一年生がチェックを担当しているのだけれど、件の修平が使用しているパソコンの画面に、覚えのないものがあるのだ。…