Note No.6

小説置場

「凛乎葬送」

貴方

あなたほどずるい人を、俺は知らないのです。 今日も一人きりの一日が始まっていく。朝起きて外へ出ると、刺すような空気が纏わりつく。吐き出した息は白く、もう冬になるんだな、とおぼろげに思った。頭の中で算段するのは、冬支度のあれこれだ。保存食はど…

遠い声

いつかこの子は、私を恨むだろう。 戦場で見つけた子どもを家へ連れ帰ったのは完全な気まぐれだった。大した意味はなくて、このまま捨て置いてもまったく問題はなかっただろう。突如慈悲の心に目覚めたわけでもないし、某かの罪滅ぼしがあったわけじゃない。…

つなぐ

どうして、と問いかけるのはもう止めだ。理不尽なこの世界で、泣くことすら出来ずに立ち尽くすしかない人たちがいるのならば。喩えようもない恐怖の中、ただ苦しみだけを抱え込んだ人がいるならば。一つだって理由なんかないのに奪われるしかなかった人たち…

送る

一歩足を踏み出す。大地を突いて、錫杖が鳴り響く。空気を震わせ、辺りの全てを打ち払う。吐き出した息は白く、吸い込めば肺まで凍りつきそうだ。それでも背筋を伸ばし、真っ直ぐと歩いた。前だけを見ていた。後ろは決して振り向かない。俺はただ一心に前を…

埋む

「ここにも花が咲いたねぇ」 茶屋で喉を潤していたカバネの隣に座った老婦人が、ほう、と息を吐くのと同時につぶやく。身体の中心からほっこりと、吐き出された言葉だった。隣にいたカバネにも、聞こえるか聞こえないかギリギリの声だったから、誰かに話しか…

幸福な嘘吐き

「お前のことなんて大嫌いだ」って言ったら、お前は幸せそうに笑うんだ。 雪はもう降り止んだ。一歩ずつ固めるようにして歩いていたら、前方に人影が見えた。視線を飛ばすと、それがあいつのところに来ている客人だとわかった。その辺の行き倒れを拾ってくる…

花かげ

朝起きて、真っ先に天気を見た。すこんと突き抜けるような青空に、軽い空気、あたたかな日射し、やわらかな風。新芽の匂いもかぐわしい。 今頃最後の挨拶でもしているだろうか。末の弟は、やたらと懐いていたから泣いてしまいそうになって、こらえているかも…

待っている

首巻に顎をうずめて、毛糸の帽子をかぶったままで目をこらしている。吐く息は白くて、一瞬視界を煙らせるけれど、すぐに空気に溶けてしまうから、前がよく見える。薪を割るための切り株に腰掛けて、足をぶらぶらさせながら峠の方を見ていた。誰かが来ればい…

砂塵の月

風が舞って、砂を空へと連れてゆく。覆った口布がはためいて、口の中に砂が入る。ぽたりと汗が滴って砂地に染みを作った所で、息が上がっていたことに気づいた。ぼんやりと砂の行方を眺めていたら、ぽっかりと出ていた満月が目に入る。 日が沈んでもじりじり…

冴ゆる

遠くに霞む、澄んだ記憶。 (とうさん、) 小さく呼ぶのは俺の声。青白い世界に沈んでしまいそうな父さんの背中を追いかけている。確かに叫んでいるはずなのに、音は俺の耳にさえ届かない。大きく息を吸うと、冷たい空気が肺に入り込んで咳をした。空気をみ…

雪晴

辺り一面雪に覆われて、青白い世界だった。音を吸い込んでしまった中、ぎゅ、ぎゅ、と雪を踏みしめる感触だけが足裏から伝わってくる。幸い降りやんでいたから、視界ははっきりとしている。時折木々から落ちる雪が降りかかってくるけれどそれくらいで、行く…

「凛乎葬送」

あらすじ 村里外れた場所に、その人はたった一人で住んでいる。白張を身にまとい、ただ独り時を過ごし、死者を送ることを生業としている。死穢を引き受け、常に死と向き合う役目を負う彼は、誰より強く他者と触れ合うことを望みながら、その役目ゆえ誰より他…