Note No.6

小説置場

「遠い日のうた」

またこのごろや忍ばれん

放課後の教室というのは案外課題がはかどるものである。その日に出された課題と明日の時間割をチェックして、必要なものから片付けていく。明日はリーダーと古文があるから、本文を書き写すのと単語のチェックだけしておけば、後は家に帰って訳せばいいのだ…

マエヘススメ

前にしか進めない、とはよく言われる。ていうか前しか見えないんだもん。 ガードレールに腰かけて、携帯をいじる。メール画面を出してちまちま文章を打っていくと、寒くて動きにくかった指先があったまっていく。ような気がする。あくまで気がするだけで、実…

とおくからきこえる

がたんがたん、と揺れる電車の中で千歳は夢を見ていた。瞼の裏で描かれるのは、狂おしく慕わしい記憶の欠片だ。 春のある日、日出の提案で花見に行った。ふわふわの綿毛のような桜を見て、愛之助が作った料理を食べて、伴内先生のお酒をちょっと飲んでひっく…

夏来り

降ってくる蝉の声を聞きながら、千歳はじっとりと熱気を発するアスファルトの上を歩く。頭上から照りつける太陽に、照り返しのアスファルトという二重攻撃は本気で耐えがたかった。手に持ったビニール袋に入っているアイスを今ここで食べても俺は文句を言わ…

色深し

地元の図書館で必要な資料を持って、自習席へ行った。本を広げて、いざ読み始めようとしたらかたりと前方の席に人が座った。何の気なしに顔をあげた史哉は、思わず口を開けて目の前の人物を見つめてしまう。 「あれ、史哉も来てたんだ」 驚いたような栄介は…

水温む

試験勉強をするために友人と連れ立って家へ帰ってきた。その帰り道で、幼馴染である亜伊を見かけた。駅から帰る道すがらにある公園で、缶コーヒーを飲みながら話し込んでいるのである。 その様子を最初に見つけた乃里子はどう反応していいかわからず、妙な顔…

たとえばこんな、未来挿話

「ってわけで、あの二人帰って来るらしいです」 悟一は携帯電話を耳と肩に挟んで、机の周りの紙をひっくり返した。予定を記した手帳を見つけ出すと、中を開いてスケジュールを確認する。幸い悟一は大学生なので、バイトの予定さえ合えば時間は出来る。授業は…

虧月

(殺したくない) 誰かの悲鳴が耳に聞こえた気がして、大貴は目を覚ましてしまった。見慣れた天井が目に入り、布団の中で大貴はふっと息を吐く。それは安堵のためではなく、またか、という自分に対する呆れが滲むものだった。 いつの頃からかは覚えていない…

盈月

(殺さないで) 自分の悲鳴で目が覚めた。大治は見開いた目で天井を見つめ、それが見慣れた粗末な藁葺きではないことを悟り、呼吸を落ち着かせる。闇に慣れた目が写すのはしっかりとした木造の屋根で、そろそろと視線を動かせば小さな文机や、積まれた書物が…

月に遠吠え

お使いを頼まれて家を出た時、日は暮れかかっていた。史哉は封筒を手にしたままのんびりと道を歩きつつ、空を仰ぐ。夕暮れが過ぎ去って、オレンジ色から暗い青へと移り変わる空には大きな月が出ていた。玄関を出た時には白かった月も、今ではほんのりと明か…

プレリュード

本屋で参考書を物色していたら声をかけられて、悟一は顔をあげた。目の前にいるのは去年までのクラスメイトで、特別仲が良かったわけでもなかったが、わりと話をする方ではあった。「よ、照島。久しぶり!」 快活な笑顔に思い出す顔がいくつかあって、そうい…

問わず語り

俺はこれから突拍子もない話をするけれど、聞いてくれますか。 遠い昔の話です。ここがまだ町ではなく村だった、そんな頃の話です。今は駅がある辺りには小さな山があったんですけど、切り崩して駅になりました。日竹村はその山と、二つの川に挟まれていまし…

As time goes by

家に帰ると見慣れない靴があって、はて? と思ったら兄が来ていた。兄とは言っても、その差17歳。栄介にとっては兄という意識はなかったし、恐らく兄の信孝にしたって弟という意識は薄いだろう。便宜と戸籍上兄という名称が与えられているけれど、世間一般の…

真夜中のコーラス

試験勉強中の姉の横で船を漕いでいたら、「あんたはもう寝なよ」と言われた。秀人は首を振り、寝てないよ! と叫ぶが無意味だった。留美は苦笑しながら、付き合うことないんだよ、と言うだけだ。 「…だってねーちゃん、俺いたら寝ないでしょ?」 バイト三昧…

サムライハイスクール

文化祭で演劇をやることになった。どこをどうなってそうなったのかは定かではないが、なぜか時代ものをやることになった。江戸ブームだとか時代劇が流行っていたとか理由は色々あるだろうが、剣道部が多かったのと和服持ちがいたからというのも理由の一端だ…

ほんとはね、

過去の話はしない。という決め事があったわけではないけれど、言う必要もなかったから特別そんな話をしたことはなかった。というより、みんな漠然と知っていたから、という方が正しいのかもしれない。千と日出と大治は農民だし、悟は商家の息子で、史は旅回…

光って消える、ただそれだけと知りながら

最後の花火が終わってから、隣で一緒に眺めていた秀人を見ればきらきらと顔を輝かせていた。視線に気づいたのか千歳の方を向くと、にこーっと笑った。「終わっちゃったー!」 すごかったなッと言うとばしばし背中を叩く。木の上という不安定な体勢を全く気に…

100年後の話だってしますよ

「秀人合流したって」 通話を終えた千歳が言うと、栄介が「これで心配はなくなったねえ」と続けた。他の二人が真顔でうなずくのを見ながら、千歳は苦笑いをした。本当にあいつ信用ねーなぁ。まあ、仕方ないか。「よしよし。じゃあ、秀人がこっち来る前に、揚…

きいろい

人身事故に巻き込まれながらも振り替え輸送を使って、どうにか目的の駅まで辿り着いた。史哉は大きく息を吐きながら、混雑した人混みをどうにかすり抜けて改札機を通った。仕方ないけれど酷い目にあった。ちらり、と後ろへ目をやれば小さな頭がひょこひょこ…

君待ち

集合時間よりも十分ほど早く着いたがすでに先客が居て、亜伊は心の中で舌をまいた。さすがというか何というか。駅のコンコースにある太い柱を背にして、もたれかかることなく直立不動で立ったまま遠くを見ている横顔に、軽い調子で声をかけた。「早いな、悟…

せんせい、あのね。

あなたも教師なのですか? ああ、すみません。先ほど「先生またねー」と言われている所を目撃したものですからそうなのかと。 小学校の教諭をしてらっしゃる? なるほど、言われてみるとこれほど納得出来る職業はありませんね。あなたにはきっとぴったりでし…

まばゆしければ

ガードレールに腰かけたままで夜空を見上げた千歳は目を細めた。ビルの合間から、真っ黒な夜にぽっかり開いた穴のような満月が出ている。ちかちかと光る電飾や、ネオンの看板に比べれば控え目な光であると思った。だけれど眩しくて、千歳は目を細める。「次…

遠し日

(田崎栄介と榮信の話) 寺が焼けるのは早かった。炎の照り返しで顔面が熱い。夜空にちらちらと舞う火の粉を眺めながら、今夜は月が綺麗だなと思った。 両親と、兄の遺体は炎に焼き尽くされて炭になってしまったらしい。遺骨は戻ってこなかったが、戻ってき…

くるくるり

ざわめく駅の構内を歩きながら、のんびりと周りを見渡した。改札を出た所にある竹姫の壁画は抽象的ではあるものの、何が描いてあるのかははっきりとわかる。何だか綺麗に脚色されてはいるけれど、少なくとも300年前はそんなものではなかった。 月の夜、障子…

「遠い日のうた」

あらすじ 少年には前世の記憶がある。胡散臭いことだと理解しているけれど、何よりも慕わしい記憶であることを疑ったことはなく、前世の記憶を大切に抱えていた。ある日、前世で口ずさんでいた歌を歌う人間と出会った。それをきっかけとして、次々と前世で関…