Note No.6

小説置場

短編・SS

透き通る

呼吸をすると、肺が空気で満たされていく。辺りを漂う光の粒子を取り込んで、少しずつ体の中に留まっていくみたいだ。きらきら、きらきら。息をするたび、僕の体の底が光を持ち始める。 君はきっと不思議そうな顔をするけど、僕にとっては至極当たり前のこと…

ミルクティーとコーヒー

「僕らはどうして出会ったんだろうね?」 首をかしげてお前はつぶやいた。色素の薄い髪がさらり、と頬にかかった。 こんな風に、と俺と自分を指すとはにかんで笑う。俺も曖昧な笑みを返した。お前はその顔を維持したままで目の前のカップに口をつける。「君…

endless sleeping

前から思ってたことがあるんだけど、と藤倉がやたら真剣な顔をして言うので、皆野は襟を正すような気分で見返した。演劇部のミーティングとして図書室に集まり、先輩からのお話を拝聴している真っ最中だ。一体、どんな重大な発言が飛び出るのか、とそれを待…

暗闇に生まれた

「明日は光で希望だなんて、どうして思えるのかしら」 ぽとり、と落とされた言葉がじわじわと広がっていく。蝶子は息を殺して、目の前にいるであろう人間の気配を探る。 衣擦れの音がして、同時に甘い匂いがふわり、と舞った。匂い袋でも持っているのか、そ…

重力なんて吹っ切れると思ってた

何だって出来るような気がしちゃったんだよね、と道村が言った。横顔は、川面や橋の手すりを染めているのと同じ、夕焼け色だ。朱色よりもピンクがかっていて、何だか照れているようにも見える。俺はそれに気づかなかったふりをして、手すりの赤錆を見ながら…

それでも飛ぼうとしてるんだ

目の前の椅子に座った途端、ネクタイをゆるめながら入江が前に倒れ伏した。野瀬は自分の食事がのったトレーをさっさと避難させる。それから、何事もなかったかのようにランチのAセットへ箸を伸ばす。メインディッシュの焼肉をしっかり味わわなければ。「……野…

まずは納得させてください

死にたい、だなんて君が言うから僕は必死で懇願した。「駄目。止めて。死なないでもうほんっとお願いします」 手のひらを打ち、拝んだ。君はそっと唇を開くとどうして? と尋ねる。僕は姿勢をそのままにして、ちらりと君を見る。肩にかかりそうな髪は校則通…

虧蝕の華

真っ赤な華が咲くようだった。 きゃらきゃらと高い声で笑っているのはイチルだ。目の前の紐を引っ張ると、重い落下音が響く。発信源にしゃがみこんでいたニカは耳を澄ましているけど、思い通りの情報は手に入らなかったらしい。心底残念そうに言葉を吐いた。…

ワールドワールド

だからね、地球っていうのは地殻・マントル・核の3部分から成り立ってるわけ。え、信じられない? しかたないなぁ。じゃあ、ほらコレ見てみなさい。『広辞苑』の地球の所。これなら信じるでしょ。うん、そう。潔く認めなさい。俺はスゴイと。 あ、ごめん、…

星を詠むひと

さあ、両手を広げて僕を抱きしめてよ。 こんにちは。それともおはようかな、こんばんはかな。もしかして、おやすみなさいだったりする? 眠る前ならごめんだけど、少し僕の話を聞いてほしい。夢の世界に入るまでの寝物語で構わないからさ、僕の話を少しのあ…

夜想

ゆっくりと日が沈んでいく。太陽は地上に別れを告げ、次第に小さくなって仕舞いには見えなくなる。辺りにはまだ残り日が漂ってはいるけれど、反対側の空はうっすらと藍に染まっていた。「――夜が来るね」 つぶやいた僕は、君の方へ振り返る。人気のない公園で…

アメイジンググレイス

神様っていると思う、と聞かれた。欄干に寄りかかったまま、川向こうに沈んでいく夕日に照らされた竹花は、わたしを見ずにそう言った。滑らかな、とても平坦な声だった。それは、竹花らしい口調ではなかった。普段の彼女は、いつも嬉しそうにしていて、愚痴…

Dear mine

あなたは俺の、宝物です。 とても大切なことを言うから、ちゃんと聞いてほしい。柄にもないことだけど、どうか笑わないでください。自分らしくはないとは確かに俺も思うけど、本当に心の底から思ってることだから。 いいかな。照れ臭いけど、本当に思ってる…

みちる

泣きそうな気持ちになる時がある。悲しいわけではないのだけれど、ただ胸がいっぱいになってしまう瞬間が、不意に訪れるのだ。そうするとわたしは、何だか無性に泣きたくなる。どうしてだろう。心の中がいっぱいになって、こぼれだしてしまうのだ。それは静…

Jewelry pot

この思いを、一体何と名づけよう。 大きく一つ深呼吸をしたのは、落ち着きたいとかとりあえず周りを見渡すべきだとか、そういう理由じゃなかった。ほとんど習慣みたいに、ただ息を吸って吐いただけだ。日常的に繰り返してきた動作を、この瞬間も行っているだ…

スタートラインに立つ前に

自分の心臓の音が聞こえる。胸の高鳴りなんて素敵なものじゃないことは、私が一番よくわかっている。手のひらには汗もかいてるし、何だか嫌な感じに胸がざわざわしているし、お腹の奥底がじりじりと焼かれるような焦燥感も一緒になっている。どきどき、と頭…

レテの深海に沈没

何一つ、覚えてなどいないのですが。それでもこれだけは、間違いないように思うのです。 あなたが用意してくれたコーヒーを飲んでいたら、「ブラックも飲めるんだね」と言った。もしかして、と思って尋ねる。「以前の私はブラックではないんでしょうか」「砂…

故に未だ手を伸ばす

制止の声を振り切って外に飛び出した。もう何もかもが終わりで、追いかけたって意味がない、と誰もが言う。今さら決意を変えることなんて出来やしないし、大体喧嘩別れした僕の言葉なんて聞くはずがない。 それは確かにそうだろう。僕の言葉を素直に聞くよう…

またたく睫毛にきらきら星をあげましょう

(まほうを、おぼえている?) いつだって私の魔法使いはお兄ちゃんだった。いじめられたら助けてくれたし、怒られたら一緒に謝ってくれた。お兄ちゃんがいれば何にも怖くなかった。私はいつだって無敵だった。だって私には、魔法使いの味方がいたから。「お…

君と始めるワールドエンド

ゆっくりと土手を歩いている。 いつだったか、流星群が来るとかで夜中に抜け出した時、人気はほとんどなかったはずだけれど。同じくらいの時間帯にも関わらず、僕の視界にはちらほらと人の姿が映っている。一体どういう風の吹き回しか、なんて大体予想はつく…

Baby, I love you

(あいしてくれる?) 誰かに認められるためのものではなかった。そんなこと、嫌というほど知っているだろうし、充分自覚しているだろう。だって、何より思っているのは君自身だ。君はほとんど確信してしまっている。誰に認められなくても、誰一人見向きもし…

君を幸ふ

横たわったお前の傍に座った。手を取り、そっと握った。握り返してはこなかったけれど、うっすら目を開く。血の気が失せて白くなった顔の中、潤んだ瞳は黒く光り、場違いにあざやかだ。「……泣いてる……?」 小さくか細い声がよろよろと紡がれる。いつもなら思…

「有事の際には我らも一枚岩になるなどというのは幻想だ!」 背筋を真っ直ぐ伸ばした隊長が、軍靴を高らかに鳴らして扉を開けると、きっぱりと言った。直立不動の僕たちは、後ろに手を組んだまま、隊長を見つめる。隊長は相変わらず不適な笑みを浮かべたまま…

まなみと梨沙子

まなみと梨沙子の出会いは遅い。まなみは生まれた時からここに住んでいるので、もちろん地元の旧家である栖斐(すい)家のことは知っていた。年が同じ女の子と男の子、双子の姉弟がいることも、当然耳に入ってくる。しかし、噂話で耳にすることと、実際に出…

サンシャインデイズ

太陽が容赦なく照りつけている。まだ夏には早いはずだが、アスファルトは充分に熱を持ち、辺りの気温を底上げしていた。熱せられたフライパンの上というヤツはこんな風かもしれない、と自転車を漕ぐ郁郎は考える。まだ今なら、精々余熱という所だろうが、本…

さやに

パーティー会場は水を打ったように静まり返っている。いつかこうなるとは思っていたが、それにしたってどうして今回なんだろう。まったく、初音の記念すべき社交界デビューだったのに。 内心歯噛みしたい衝動に駆られるが、もちろん顔には出さない。自分の表…

明日にサヨウナラ

穂高はつくづく変なヤツだった。いつだって自分の世界の中で生きていて、誰かの言いなりになるのなんて真っ平だって言い張っていた。かといって、頑固って訳でもなくて、いろんな人間とつるんでたし、それが許されるようなやつだった。「だからってそれはど…

無題

きっと僕はとっくに知っていた。 悲しいような気もしたし、笑えるような気分でもあった。僕にはもう自分の感情さえわからないらしい。「……はは」 暗い部屋に、乾ききって干からびた笑みが落ちる。本当に笑っているのかどうかさえわからないけど、たぶんこれ…

うつくしいもの

泥だらけで、涙でぐちゃぐちゃの君を、世界で一番綺麗だと思ったんだ。 「だってさ」 鼻を鳴らしながら、君はつぶやく。滲んだ言葉が鼓膜を打った。吐き出された息が耳元にかかる。あたたかくて、くすぐったい。「逃げるな、立ち向かえって言うけど、そんな…

ナイト・ワルツ

部屋に響くのは、カタカタと鳴るキーボードの音だけだ。幸い明日の予定はないから、それなりに夜更かしをしても問題ない。まあ、きちんとした生活リズムを保っている方がいいんだろうし、我ながら体力がないという自覚もあるのだから、あまり無理をするべき…