Note No.6

小説置場

今日の話と明日の話

役を受けることが決まってから、変わったことはいくつかある。 まず、極力外に顔を出さないこと。これは元々露出が少なかったので、あまり難しいことではない。雑誌のプチ連載は続いているが、元々大した紙面の大きさではないから問題はないようだ。 また、…

Cotton candy

最後の手段というのは、最後まで取っておくからそう言う。しかし、最後まで取っておくというのはつまり、実行するには数多くの障害があったり、心理的に抵抗があったりするためである。万が一すんなりと実行出来るのであれば、最初の手段に持ってくる。 諸事…

待つ日

あらあなた、転入生なのね。それじゃあ、ご存じないでしょう? どうしてこんなに朝早くから、こんな所にいるのか、不思議そうな顔をしていますもの。ええ、こんな所――空き教室にわたくしたちが集まっている理由、なんて想像がつきませんものね。 仕方ありま…

月の目覚め

昔から自分の顔が嫌いで仕方なかった。両親や周りの人が褒めてくれるのは嬉しかったけど、それでもやっぱり嫌だった。だって、知らない誰かに「かわいいわねぇ」なんて言われるし、ナンパされるし「お嬢さん」って言われるし、電車に乗ると痴漢にあう。(突…

願いの破片

高校時代の友人が、大学へ行かずに就職すると言い出した時は驚いた。ごく一般的な公立校だったから、生徒の8割は大学進学、2割は専門学校へ、というような学校だったのだから。だけれど、働きながら子どもを育てると言い出した時が、人生で最大に驚いた。 駅…

神の子羊

希望に満ちて、その子どもは生まれるはずだった。産声の上がる瞬間を誰もが待ち望んでいた。国王に嫁いだ東の王妃――ヴィアレッタ・オイアソート・デル・ウェリファーナ――の一族である、ヴィアレッタ公爵は娘の出産を誰より心待ちにしていた。 北の王妃がつい…

夜想

ゆっくりと日が沈んでいく。太陽は地上に別れを告げ、次第に小さくなって仕舞いには見えなくなる。辺りにはまだ残り日が漂ってはいるけれど、反対側の空はうっすらと藍に染まっていた。「――夜が来るね」 つぶやいた僕は、君の方へ振り返る。人気のない公園で…

ひかりみちる

難しいことはよくわからないのだけれど、光を調節する機能がうまく働かなくなっているのだという。ちゃんと調整出来ないから、光を痛いほどに感じてしまうらしい。だけどこれはまだ初期の段階―というより、まだまだ想定内のちょっとした誤作動であると先生は…

光をはなつ

まぶしいな、と湊は思った。カーテンを閉め忘れたまま眠りこけて、太陽が天辺まで昇ってしまって、だからこんなに光がきついのだろうか、と思いながらベッドからおりる。目をこすりながら壁の時計へ目をやるが、ぼんやりしていてよく見えない。時計の輪郭は…

Star dust

空の綺麗な夜だった。 夏期講習の帰り道、生温い空気を掻き分けながら自転車をこいでいた。授業の最後に出された数式の答えが、どうしても合わない。あっちこっちを引っくり返して、代入してみたけどいまいちわからない。帰ったらもう一回見直してみるか、と…

Milky way

星の綺麗な夜だった。 友人宅からの帰り道、煙草が吸いたくなって公園に立ち寄った。子どもたちが遊ぶ公園で煙草というものどうかとは思ったが、昨今歩き煙草への風当たりの強さは尋常ではない。公園に誰も人がいないことを確かめてから、土喜は公園へ入った…

MD

コピー機の説明を終えて戻ってきた泉は、夏暮が手に持っているものに目を止めた。手のひらに収まるほどの、四角い機械らしきもの。コードらしき黒いものがついているようだ。 レジの中に入ると、尋ねるより先に声をかけられる。店内にお客さんはいないのだし…

はさみ

神様は、どうして僕を殺してくれなかったんだろう。 頬を撫でた。血の気の失せた顔は真っ白で、作り物のようだった。やわらかくてあたたかだった体は、もうすっかり冷たくなっている。余計に人形のように思えるけど、こんなに美しい人形を僕は知らない。これ…

back-to-back

先生と日向は似ていると、思う。 社会科準備室で補習授業を受けている。というのも、この前の定期テストで赤点を取っちゃったから。元々得意じゃなかったけど、高校に入ってからはばっちり苦手に昇格した。あれ、こういう時って昇格でいいのかな。「ぼけっと…

ハーモニカ

リーズスタレット家の双子の恐ろしい所は、その類稀なる行動力だと思う。やると決めたら貫き通す意志の強さや、綿密に実現性の高い計画を練る頭など、その他色々あると思うが、やはり恐ろしいのは「思い立ったらすぐ実行」という、無駄なまでの機動力の高さ…

崩れかけた階段を器用に登り、上層階へ到達する。上手くカモフラージュしている盗聴マイクに向けて、帰ったことと合い言葉を告げる。いくら戦闘大好き人間のセイだとしても、ホームで暴れ回ることは遠慮したかった。せっかく寝る場所も確保出来ているのだし…

シャム双生児

おだやかな、午後の昼下がりだった。ワンフロアぶち抜きの部屋には、住人である静貴はもちろん、同じくマンションに住んでいるメンバーが顔をそろえていた。特に申し合わせたわけではなかったのだが、気づくとこうして部屋に集合している、ということが多々…

ニューロン

さいごのけしきをおぼえている? 刺し込んだナイフをゆっくりと引き抜いた。丁寧に、きちんと肋骨を傷つけるように注意しながら。すらりと引き抜けば、支えを失った体が道路に転がった。裁貴は注意深く自分の体を点検して、返り血がついていないことを確認す…

Hymns

行きたい所があるのだと言う汝緒さんは、暗がりから決して動こうとしない。境内にある大木の傍に座り込んだままで、恐らくへらへらと笑っているのだろう。表情は見えないけれど、間違ってはいない。「……汝緒さん」「どうしたの、悠一くん」 朗らかな声だった…

深夜番組

昼休み、隣のクラスを訪れた基河聡司は、同じく演劇部部員である上郷雪音を呼び出した。貸したままになっていた、社会の資料集を返してもらうためである。「……なに」 不機嫌オーラを全開にして廊下に出てきた雪音が、顔に似ず低い声で用件を尋ねる。恐らく自…

ガードレール

内側から光を放つようだ、と思う。いやもしかしたら、本当に光っているのかも。私自身は何も変わっていないつもりだけど、目の構造が知らない内に変化していて、内側から放つ光を目に映せるようになったのかもしれない。 白く滑らかな肌は、陶器のようなすべ…

柔らかい殻

夏が来るよ。 終業式まで後二日、という頃だ。中間テストも終わったし、もう夏休みを待つだけ! という気分で学校中が満ちていた。うちのクラス仲は悪くないというより良い方だから、放課後暇な子たちがだらだらと話しながら帰っていた。 ムードメーカーの男…

トランキライザー

住宅街の一角にある、何の変哲もない家だった。市役所から車で十分ほど行った先にあるのは、新しく家を買う若い夫婦のために用意されたような、ありふれた家の群れ。建売にしてはデザイン度が高く、同じような家が並んでいないことだけが唯一の着目点と言え…

かみなり

わたくしたちは、生まれた時からわたくしたちなのです。疑う余地は微塵もなく、いついかなる時も、完全にわたくしたち自身であり続けるのです。一つとして疑問に思うことはありません。わたくしたちは完全でありました。わたくしたちは完璧でありました――。 …

釣りをするひと

しゃわしゃわと、蝉の声が降って来る。まだらに落ちる光の模様を眺めながら、ペダルを踏む足に力を込めた。汗が顎から滴って落ちていく。自分の息の音が聞こえる。蝉の声が耳の奥で鳴るみたいだ。緑を挟んでいるといっても、太陽の威力は充分だった。どうし…

マルボロ

小箱が空中高く放り上げられる。真っ直ぐ落ちてくると、初めからそうすることが決まっていたように、放り投げた人物の手へ収まった。人物――ライは、手の中の箱を何とも言えない顔で見つめていた。「ライ?」 しばらくぼんやりしていると、不意に声をかけられ…

階段

夏のセール旋風は、みつば商店街にも吹き荒れている。そこかしこで何割引きやら云%引きやら、はたまたスタンプ二倍キャンペーンが目に入る。活気づいているのはいいことだ、と思いつつ宥はダンボールの箱を抱えて歩いている。 どうせ戻った所でいいようにこ…

クレヨン

懐かしい、と声をあげたのはこもちゃんだった。私とこなみは、こもちゃんの手元をのぞきこむ。するとそこにあったのは、薄汚れた四角い箱。一体なんだろう、と思ったらこなみが嬉しそうに言った。「あ。もしかして、クレヨン?」「そうそう」 言われてもう一…

アメイジンググレイス

神様っていると思う、と聞かれた。欄干に寄りかかったまま、川向こうに沈んでいく夕日に照らされた竹花は、わたしを見ずにそう言った。滑らかな、とても平坦な声だった。それは、竹花らしい口調ではなかった。普段の彼女は、いつも嬉しそうにしていて、愚痴…

Dear mine

あなたは俺の、宝物です。 とても大切なことを言うから、ちゃんと聞いてほしい。柄にもないことだけど、どうか笑わないでください。自分らしくはないとは確かに俺も思うけど、本当に心の底から思ってることだから。 いいかな。照れ臭いけど、本当に思ってる…