Note No.6

小説置場

遠し日

(田崎栄介と榮信の話)

寺が焼けるのは早かった。
炎の照り返しで顔面が熱い。夜空にちらちらと舞う火の粉を眺めながら、今夜は月が綺麗だなと思った。

 

両親と、兄の遺体は炎に焼き尽くされて炭になってしまったらしい。遺骨は戻ってこなかったが、戻ってきた所で一体どうしろと言うのか。葬式を出す人間の葬式なんてどうやればいいのか、私にはわからなかった。
村の人間はやさしかった。よく面倒をみてくれて、食事も与えてくれた。だけれど、村に余裕がないことなどとっくに知っている。今までは父のもとに寄進が行われ、供物を頂戴していたから食事を欠かしたことはない。しかし、もう今までとは違うのだ。いずれ新しく住職は来るかもしれないが、それは私の家族ではない。私の居場所はどこにもなかった。このままでは一体どうなるのか?
村に余裕はない。私を養うことも難しくなってくるだろう。いずれ行き着く先の答えを私は知っている。
(榮信。村のために生きるのだよ)
父の言葉がよみがえる。「村のために生きる」。それなら、村のために死ねと言うだろうか。冗談ではない。私は村を出る決心をした。村人は感づいていたようだが、もちろん誰も引き止めなかった。


一歩も動けない。倒れた時に切ったのか、唇から血がにじんで独特の味が広がる。何日もマトモな食事などしていない。最後に感じるのが血の味か、と思うと皮肉で笑えてくる。だけど、上手く笑えなかった。景色が白くにじんでいく。




長久保亜伊と愛之助

暮らし向きは楽ではなかった。両親は内職に追われていたし、姉たちも日々仕事に出かけていた。唯一の例外は俺で、「お前は将来仕官するのだから」と言って剣術や勉学を習っていた。貧しいながらも平穏な日々の異変は、まず一番上の姉が帰らなくなった。両親は何か知っているようだが、何も教えてくれなかった。次に二番目の姉が消え、すぐに母も消えた。問う暇も与えられず、俺は父に追い立てられるように出立した。
二度とこの家に戻ることはないだろう、と理解していた。江戸を出て、山を越え、知らぬ道をひたすら歩く。目的地など知らなかったが、そんなものはなかったのかもしれない。元々大した額ではなかった金子も底を尽き、一日一度の食事は次第に間隔が空いていった。父と二人、ただ黙々と行くあてもなく歩いていた。どこに行けばいいのか、おそらく父も知らなかっただろう。
道中で、ついに動けなくなった。山道の脇にうずくまっていることしかできない。枯木のような指で、父が俺の頭を撫でている。かすれた声で「すまなかった」と言ったのが最期だった。
俺は父のそばでひたすら待っていた。誰かが助けてくれることを、父が再び歩き出すことを、二度と覚めない眠りが迎えに来ることを。

 

(照島悟一と悟)

「ここで暮らすといい」と言われ、僕は手を引かれて村の外れまで行った。山の際に立つような家だった。よく見ると、広い敷地の中に鐘撞堂があって、どうやらここは寺のようだと思う。
庭の向こうから人がやって来るのが見えた。あちらもこっちに気づいたようで、近寄ってくる。
「おお、榮信。今日からここで暮らす子だよ」
そう言うと、僕をえいしん、と呼ばれた人の前に差し出す。えいしん、さんは一瞬の間の後、膝を折って笑いかけた。目線が同じくらいになる。
「そう。私は榮信と言います。よろしくね」
目を細めて頭を撫でる。僕も慌てて名乗り返す。
「あ、僕は、…悟といいます」
「悟くんだね。わかりました。それでは、私が連れて行きますよ。手間がかからなくていいでしょう」
後半は僕を連れてきた人に向かって行ったらしい。了承したのか、僕の手を引く相手が変わった。
寺に入ると、床板の冷たさが直に伝わってくる。榮信さんはちょっと待っててねー、と言うと僕を残してどこかへ行ってしまう。正面にある大きな仏像を眺めながら、どうすればいいかわからず立ち尽くしている。
すると、遠くから音が近づいてくる。その方向を見ていると、人影が突進してくる。どどどど、と大きな音を立てつつ廊下を走り抜けて、僕の前で止まった。
「新しく来たのってお前!?」
頬を紅潮させて、僕の目をのぞきこむ。黒い瞳がキラキラしている。
「俺たちもここ住んでんの。だから、一緒に住むのお前?」
にっこにっこ、と大きな口を開けて笑っている。どう答えればいいのか悩んでいると、僕に問いかけてきた人の後ろにいた人間が口を開いた。
「俺は千。で、そっちのお前の前にいるのが日出な。お前は?」
「あ、悟といいます。」
「さとるー!よろしくー!」
日出、という人間が思いっきり突進してぎゅう、と抱きついてくる。目を白黒させていると千、という人が日出さんを引っぺがした。
「悟な。よろしく」
目を細めて、こぼれだしそうな笑顔を浮かべる。僕も頭を下げると、日出さんが大笑いしながら「すっげーちゃんと頭下げてるー!」と叫ぶ。千さんも楽しそうな声で「真面目だなー」と呟く。
「あれ、もう仲良くなったの?」
二人の後ろから声がかかり、榮信さんが歩いてくるのが見えた。二人の人間を連れている。日出さんは振り向くと、「榮信さーん!」と叫びながら抱きついた。「ねえ、悟っていくつ?」と首すじに抱きつつ尋ねる。榮信さんはそれをそのまま僕に投げた。
「…七つになりました」
言うと、日出さんと千さんが顔を見合わせた。ぴょん、と榮信さんから離れた日出さんが千さんと手のひらを打ち鳴らす。
「年下ー!」
「俺たちのが年上ー!」
「…一歳差じゃねーかよ」
ぼそり、と呟いたのは榮信さんと共にやって来た内の一人だった。
「あ、そういう愛之助だって一歳差なのに偉そうだろ」
「そうそう。一歳差なのに俺たちのことこき使うじゃん」
「俺が偉いんだから仕方ない」
黒い髪で鋭い目つきのその人は、口元をゆがめて笑った。僕が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、その人は僕に顔を向けた。
「俺は愛之助だ。よろしくな、悟」
優しく目を細めて、わしゃわしゃ頭を撫でた。それを見ていた榮信さんが、満面の笑みを浮かべてそうそう、と言葉をつなげる。
「ちなみに、愛之助は基本的に料理担当です」
「あ、あのね、基本的に料理とかは当番なんだけど、愛くんは料理上手だから甘えちゃってるんだよ」
榮信さんと来た人間の、最後の一人が口を挟む。本当は僕たちもやらなきゃいけないんだけど…とつぶやくその人は、眉を下げて困ったように笑う。
愛之助、という人物はどう考えても料理が得意そうには見えない。人間何でも特技ってあるものなんだな、と思っていると、その沈黙をどう受け取ったのか、慌てた様子で名前を口にする。
「名前も言ってなかったね。僕は、史といいます。よろしくね、悟くん」
言うと、右手を差し出してくるので、僕も手を握った。やわらかな手のひらだった。
愛之助の料理はほんとにうまいぞ」
「うん、愛ちゃんの料理はすごーくおいししいよー」
千さんと日出さんがそう言うと、愛之助さんが苦笑めいたものを浮かべる。
「褒めてくれるのはありがたいけど、なら手伝えよ」
その言葉に全員が目をそらしたので、何となく事情を理解した。
「あの、それなら、僕手伝います」
「…いいよ。今日はお前が主役だからな、美味いもん作るよ」
でも、明日からはよろしく頼むな、と言ってにかっと笑ったので、僕は思い切りうなずいた。


邂逅編。
榮信→仕切る
史→タイミングなかなかつかめなくて大体最後に挨拶
愛之助→無難に
千→日出と共にすっ飛んできて、日出をなだめつつ挨拶
日出→千と共にすっ飛んできて、思いっきりよく挨拶