Note No.6

小説置場

せんせい、あのね。

 あなたも教師なのですか? ああ、すみません。先ほど「先生またねー」と言われている所を目撃したものですからそうなのかと。

 小学校の教諭をしてらっしゃる? なるほど、言われてみるとこれほど納得出来る職業はありませんね。あなたにはきっとぴったりでしょう。初対面で何を言うかと思われるかもしれませんが、あなたが熱心で純粋で、真っ直ぐな方だということはわかります。子どものためを思って行動し、大人の都合はそっちのけで、何事も体当たりで向かうのではないですか。子どもというのは敏感ですからね、そういう大人のことをいち早く理解しますでしょう。あなたに教わっている生徒さんは幸せです。

 私ですか? 私も、教師の真似事をしていた時期もありました。もっとも、あなたのようにしっかりとした教師という身分ではありませんでしたが―。何と言うのでしょうね。ちょっとした習い事というか、読み書きそろばん、それから漢文などを少々読ませる程度でした。体力作りにと武術も多少はやらせましたがそれくらいでしたね。生徒数も、そんなにおりませんでしたよ。

 小学校というと、まだ小さい子どもたちもいるでしょう。そんな子が、毎日今日は何があったかと報告してくれるのは嬉しいですねぇ。ええ、私にもその気持ちがわかります。こう、小さな指で私の指を握りしめて「先生、あのね、今日はこんなことがあったよ」と言ってくれると、何だか自分でも某かを成せたのではないかと、そういう気分にさせてくれます。

 二十人? それくらいの子どもたちを一度に面倒を見るなんて、私には真似できません。私は七人ほどの子を教えていただけでした。どんな子どもかというと、そうですね―。一番下の子は、引っ込み思案というか大人しい子でした。ですが芯は強いのでしょうねぇ。一度決めた時は最後まで必ずやり通す、そんな子でした。この子がよく、私の所まで来て一日の報告をしてくれたものです。小さな指でした。歩幅も小さくて、とことこと歩いてくるときゅうっと指を握りしめてあのね、と切り出すわけです。

 その上の子は、大変真面目な子でした。何事も一生懸命、必ず及第点以上を取るのです。やや神経質な所もありましたが、誰よりもいろんなことに気がつく子でした。だから疲れやしないかとよく心配をしていたものです。だけれど、他の子たちがそこはうまく息抜きをさせてくれるんですねぇ。最初は遠慮がちでしたが、私が書き物をしていたりすると率先して付き合ってくれました。こっそりとお菓子をやったりもしていましたね。…ああ、そうだ。お手伝いの駄賃として、お饅頭だとか落雁だとかをこっそり上げるんです。そうすると、その上の子たちがどこからか必ず聞きつけてくるんですよ。七人の内、真ん中の子たちですが、これがまた、いつも二人一緒にいて。突拍子もない悪戯や悪さをしでかすわけです。朝起きたら蛙まみれ蝗まみれはまだいい方で、下手をすると一晩中追いかけっこをしたり、天井裏で生活しようとしたしり、ともかく疲れさせましたねぇ。え? そのわりに笑っているけれどって? そうでしょう。二人は確かに悪戯ばっかりをして私たちを困らせることは困らせるんですが―なんて言うんでしょうね。決定的に人を傷つけることはしないんです。いつも部屋中を走り回って何事も全力で、それがいっそ心地よくなってしまうような。真っ青な空の下で力いっぱい走り回った後のような、心地のいい疲労感を与えてくれるそういう子たちでした。

 そんな二人の上の子は、料理が得意でした。外見はどちらかというと強面で目つきもよくないんですが、この子の作る料理はどれもはずれがない。それも、残り物を上手く調理してそれはそれはおいしい料理に仕立てる名人でした。生活全般にかけて私たちはこの子にお世話になっていましたね。書物や研究に没頭していると、「先生、あんまり根を詰めるとよくねえよ」なんて言って、ちょっとした夜食を持ってきてくれたりして。あの子の作ったおみそ汁が好きだったなぁ。菜っ葉のね、おみそ汁なんですけれど、具なんてほとんどなくてもおいしかったんですよ。

 ええと、それで。さらにその上の子ですね。この子は一見するととても軟弱でした。ふわふわとしていて掴み所がないというか、いつもにこにこしていて縁側で日向ぼっこしている猫みたいな子でした。ええ、そうです。こういう子が、場合によっては一番強くなる、その通りです。この子は一度集中すると何も目に入らなくなる子でしたねぇ。だからなんでしょう。下の子や上の子に対して、いい相談相手だったようです。どんなにくだらない些細なことでも、絶対に馬鹿にせず一緒に考えてくれるのだと、皆が皆、わかっていたんでしょう。勉強熱心な子でしたねぇ。よく質問に来てくれて、一緒に書物を開いたことを覚えています。たまに二人で熱中して、何を探していたのか忘れてしまったのも、いい思い出です。

 ああ、やっと最後の子になりました。長かったでしょう? いいんですよ、お世辞は言わなくても。ええ、でも、聞いてくれますか。七人のうちで一番年上の子の話です。この子は、下の六人よりもやや年が離れていました。だからかもしれませんが、面倒見のよい子で。…ああ、いえ、率先して構ってやったりする子ではなかったんです。どちらかというと、いつも一歩を退いて後ろから皆を見守っているような、そういう子でした。どんな時も全体を見渡して、最後には手を差し伸べてやる。そんな子だったんです。他の六人も何となくわかっていたんでしょうね。あからさまに構ってくれと懐くより、いつでも寄りかかれるんだということを本能的に知っていました。この子とは、一番長い付き合いでした。手のかからない子で、煩わしい思いをしたことは一度もありませんでしたね。いろんな話をしたものです。学術的なことはもちろん、近所の家で雛が孵ったの、タンポポの綿毛が根付いたの―そんなことです。誰よりも察しのいい子で、だからと言って他人を閉ざしているわけではなく、広い目線を持った子でした。

 そうです。素晴らしい子どもたちでした。私の誇りです。誰も彼も可愛くて仕方ないんです。大きくなるにつれはっきりとした性格が出来てはいたけれど、本質的なところは変わっていません。七人とも、私によく懐いてくれて、「先生」「先生」と慕ってくれました。本当に、心から慕ってくれたんです。小さな指で握りしめて、小さな手で書付を手伝ってくれて、目いっぱいの笑顔で振り回して日向の匂いをさせて。あたたかい食事を運んでくれて、共に書物を読み、たくさんの時を過ごしました。本当に、やさしくてつよくて、自慢の子どもたちだったんですよ。

 え?

 ああ、すみません、よく聞こえなくて。ええ、私が教えた子どもたちは本当に、いい子たちでした。「先生」と呼ぶ声が今も耳に残っているようです。本当に、本当に、いい子で…私には勿体無いくらいよく出来た子で…ええ、本当にいい子たちでした。笑う顔をよく覚えていますよ。あの子たちはきっと幸せになるはずだったんです。あんなにやさしくて、心が広くて、しっかりしていて明るくて、気遣いの出来る子たちです。恵まれた生活を送るはずでしょう。ずっと笑って、幸せでいるはずなんです。そうじゃなきゃおかしいでしょう。だってあんなにやさしくて強い子たちなんですよ。ねえ、だからおかしいんです。

 あの子たちがいないんです。

 おかしな話でしょう。私の可愛い七人の教え子たちは、どこをどう探してもいないんです。この世のどこにもいない。二度と会えないんです。変な話をしていると思いますか。いえ、私の頭がおかしいのではありません。確かに、あの子たちは生きていました。これは確かです。私の周りの人間も知っていますし、あの子たちが書いたものも作ったものも持っていますから間違いではないんです。ああでも、いっそ私が狂っていた方がよかったんです。私が狂っていて、どこかに生きているあの子たちがどこにもいないのだと信じているなら、そっちの方がよっぽどいい。

 だってあの子たちは私が殺してしまったんだ!