読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

君待ち

「遠い日のうた」

 集合時間よりも十分ほど早く着いたがすでに先客が居て、亜伊は心の中で舌をまいた。さすがというか何というか。駅のコンコースにある太い柱を背にして、もたれかかることなく直立不動で立ったまま遠くを見ている横顔に、軽い調子で声をかけた。
「早いな、悟一」
「…亜伊さん」
 軽く頭をさげてどうも、と言うから笑いながらうなずいた。やたらと礼儀正しいこの人物のことだから、三十分前くらいにはここにいたのかもしれない。鼻が赤くなってるな、と思ったらずずっと鼻をすする。続いてくしゃみまでするから、亜伊は自分のマフラーを取って首にかけてやる。
「薄着はよくねえよ。ほら巻いとけ」
 有無を言わさない調子でぐるぐる巻きにしたけれど、文句は言わない。バイト仲間にして本日の待ち合わせ面子である人物から言わせれば、「亜伊ちゃんだと文句言わないだけなんだよー」だが、亜伊からすればこんなに素直なのになぁ、と思うだけである。
「メール見たか?」
「ああ、大貴と史哉さんですね」
 ポケットから携帯を取り出して、さっき電車の中で受信したメールを取り出す。待ち合わせ面子である二人からの、人身事故で電車が止まったので集合時間に遅れる、という旨の申し訳なさそうなメールである。
「まあ、事故じゃ仕方ねーな。電車止まっちまったらどうしようもない」
「ですね。亜伊さんは平気だったみたいですね」
「俺はぎりだなー。ちょっと用あって早めに出てきた所為もあるけど。悟一は?」
「ああ、俺もちょっと早めに出たんで。欲しい本があったんですよ」
 言ってがさり、と袋を揺らすので亜伊は手に下げられているビニール袋に目をやった。見れば、駅ビルに入っている大型書店の店名がプリントされている。
「大きい所じゃないとない本だったんで」
 肩をすくめて笑うと、ここはいい参考書がたくさんあるんですよね、とつなげる。さすが県下でも有数の進学校に通うだけある、と思ったけれどすぐに違うな、と思い直した。進学校に通っているからじゃなくて、単に真面目なだけだ。妥協を許さず全力で取り組むヤツだからだ。
「悟一はホントに偉いよな」
 心からそう思って、感嘆の言葉を漏らす。悟一は一瞬虚を衝かれたような顔をしてから、ぶっきらぼうに「そんなことないです」と言うけれど。照れているだけだとわかってしまうから、「いや、マジでお前は偉いよ」と続けた。
「あとで何かおごってやるよ。俺からのご褒美」
 そんなのいいですよ、と反論しようと顔をあげたところで低い位置にある頭にぽん、と手を乗せた。文句を言う前にわしゃわしゃと撫でて、「俺がしたいだけだからさせろって」と笑えば、目元を赤く染めて消え入るような声でうなずいた。
「…にしても。電車が止まったっつーことは、他のヤツラどうなってるんだろうな?」
 メールが来ているのは二人だけだが、あとの三人からは何の連絡もない。悟一は考えるような素振りをしてから、たぶん、と言葉を落とす。
「栄介さんはどっかにいそうな」
「あーお茶でも飲んでそうだな」
 待ち合わせ面子最年長の顔を思い浮かべた二人は、心底納得した。ひょうひょうとしたあの人は、待ち合わせ時間ぴったりに現れることが多くて、あまりに正確なのでどこかで見張っているんじゃなかろうか、という疑惑すらかけられている始末なのだ。早めについて、喫茶店でお茶でも飲んでいるのだろうと推察出来た。
「まあ、秀人は確実に遅刻だろ」
 電車が止まろうと止まるまいと、確実に遅刻してくる人種なので、秀人はほとんど論外だ。
 それでは最後の一人は、という所で改札側を向いていた悟一が、突然声をあげた。そっちを見れば、改札の方を指差している。
「来ましたよ、千歳さん」
 面白そうな顔をした悟一の指先を辿れば、にこにこと笑顔を浮かべた千歳が小走りにやってくる。集合時間二分前に到着というのだから、時間的にはぴったりだ。改札機を通り、二人の所まで駆けてくると千歳は「待たせたな、悪い」と、拝むようなポーズを取る。二人はそれに首を振ってから聞いた。
「千歳、電車止まってたんじゃねーの?」
「そうみたい。でも俺、今日そっち使ってない」
 いえーい、とブイサインを出しながら楽しそうに答える。普段使っていて、現在事故で止まっている在来線ではなく、JRを使って来たらしい。
「宮戸台で用済ませてから来たから、ここまでJR一本。事故ひっかかんなかったー」
 ラッキーと白い歯を出して千歳が笑うので、つられて二人も笑顔になる。構内の時計が定刻を告げて、栄介が姿を現すまではあと少し。