Note No.6

小説置場

きいろい

 人身事故に巻き込まれながらも振り替え輸送を使って、どうにか目的の駅まで辿り着いた。史哉は大きく息を吐きながら、混雑した人混みをどうにかすり抜けて改札機を通った。仕方ないけれど酷い目にあった。ちらり、と後ろへ目をやれば小さな頭がひょこひょこついてきていて声をかける。
「大丈夫? 大貴くん」
 同じく人身事故に巻き込まれていたという大貴とは途中で落ち合った。どうせ遅刻同士だし、一緒に行くことにしたのだ。待ち合わせの面々は待っていると言ってくれたけれどそれでは心苦しいと言って断った。こっちが二人で来るということがわかれば、多分先に行くだろうとも踏んでいたし。
「平気です」
 ぎこちなく笑顔を浮かべて言うけれど、疲れているのだろうということはすぐにわかった。人混みを抜けて駅を離れ、噴水の前まで歩いてくるとそこにあるベンチに座らせて、少し待っててねと言いおいて走っていく。大貴は促されるまま指示に従い、ぼんやりとした顔で史哉を待つことにした。バス停でバスを待つ人や、タクシープールのタクシー、ビラ配りの人たち、大通りに真っ直ぐ並ぶ街路樹をのんびりと眺めている。
「はい、大貴くん」
 走ってきたらしい史哉は缶ジュースを差し出した。寒くなってきたこの時期に外で飲むには冷たいお茶だったけれど、今の大貴には心地よい。
「疲れちゃったよねぇ。あんなに人がいたら」
 自分の分の缶ジュースのプルトップを開けて、ほう、と息を吐く。大貴はお礼を言って口をつけ、一息に流し込んでからこくんとうなずいた。
 大貴があまり外に出ない―というより、不登校でほとんど引きこもりだということを史哉はよく知っているはずだけれどそれには触れず、あくまで大人数だったから大変だった、と言うだけに留めた。
「僕も人に酔っちゃったよ」
 はにかむように笑ってから、これ飲んだら行こうねーと続けた。大貴はしっかりとした声音で「はい」と答える。それから二人は無言で缶ジュースを空け、今度は大貴が二つの缶を捨てに行った。
 帰って来ると史哉がのんびりと辺りを見回していて、大貴は横に並ぶ。すると、ゆっくりと歩き出して大通りの方へ進んでいく。銀杏並木の間を通り、二人は無言で歩いていくのだけれど、史哉はほんのりと笑みを浮かべていた。それに気づいた大貴は、何て声をかければいいのか戸惑いながら史哉の横顔を盗み見る。どうして笑っているのか聞いてもいいのかな―そんな風に思いながら視線を注いでいたら、気づいた史哉が笑顔のままで大貴を見た。
「何か…思い出すなぁって、思って」
 楽しげに告げられた言葉とともに投げられた視線で、何を指しているのかはすぐにわかった。歩く二人の両脇にある銀杏並木。すっかり紅葉して、見事な金色に染め上げられている。
「綺麗な金色というか黄色というか。こんな色してない?」
 一体何を思い出して、何のことを話しているのか。大貴は当たり前のように理解して、ぽつりと言葉を落とす。こんな風に明るくて、胸の中に輝くような灯りを灯す人を、大貴はよく知っていた。
「やわらかくて、きれいな黄色をしてますよね」
 あざやかで目も覚めるほどはっきりとしていて、それでいてふわふわとしたやさしさを持っている。
「おれも、そう思ってました」
 答えると、史哉が嬉しそうにふにゃりと相好を崩した。やっぱり大貴くんもそう思った? と言う言葉が弾んでいるから、言ってよかった、としみじみ思う。もっと答えたくて、大貴は懸命に言葉を探す。こんな風に思うことは、初めてではなかったから。どんな時にあの人を思い出して、ふわふわとした気持ちに満たされるのかを伝えたら、きっと史哉は笑ってくれると、その時何の疑問もなく思えた。
「…夏は、向日葵を見たら思い出します」
 青空の下で真っ直ぐとたたずんで、突き抜けるような黄色い花。眩しくて軽やかで、空も飛べそうな笑顔を思い出す。元気いっぱいで、太陽を集めたみたいで、日向の匂いのするあの人を。
「じゃあ、春は菜の花だねぇ」
 続けられた言葉に、大貴は頬を紅潮させてうなずく。黄色い花の洪水のようなあの光景は、光り輝く金色が溢れ出してしまいそうだ。否定されずにうなずかれて、思っているのと同じことを告げられて、大貴はくすぐったい気持ちになりながら考えている。春には菜の花、夏には向日葵、秋には銀杏。それなら冬はどうだろう? 隣の史哉が同じことを考えているのはわかったから、無言で頭の中をさらう。決して不快ではない沈黙が続いていたけれど、不意に史哉が声をあげる。ごそごそと携帯電話を取り出しながら、史哉が楽しそうに笑った。
「大貴くん、本人」
 通話ボタンを押して電話に出れば、隣にいる大貴にまで聞こえてきそうなほどの音量で声が流れ出す。大きいけれどうるさくはない。史哉は笑いながら現在の状況を手短に伝え、やりとりを行って何かしらの打ち合わせをしてから電話を切った。それからこらえきれない笑みのままで大貴を見た。
「今来る所だから一緒に行こうって。走ってここまで来るからって」
 駅からなら一本道だから、この大通りを歩いていれば合流出来るのだろう。大貴はうなずいて、今からやって来る人間のことを待った。きっと全速力で、さっきの噴水の前を通ってやって来る。この大通りを、二人の元まで全力疾走でやって来るに違いない。
 道の端っこに寄りながら二人そろって駅の方を見ている。きっと息を切らせてやって来る人を待ちわびながら。すると、史哉がふと思い出したように大貴へ言葉を投げた。
「ねえ、大貴くん。さっきの話だけど」
 春には菜の花、夏には向日葵、秋には銀杏なら、冬はどうかって話してたじゃない? と言うからうなずけば、あれなんだけど、と続く。
「冬はきっと、秀人くん本人を思い出すよ」
 光がこぼれるように笑って、太陽みたいにまぶしくて、あたたかくてやわらかい、あの子を思い出すよ。その言葉と共に、前方から近づいてくる人影が大きく手を振るのが見えた。
 今時珍しいような金色の髪。ワックスで立てている髪は外側に跳ねて、ライオンのたてがみか太陽か向日葵みたいだ、と言われている。満面の笑みで、ぶんぶんと手を振りながら、ここまで駆けて来る秀人を見ながら大貴はそうだな、と思っていた。
 春には菜の花、夏には向日葵、秋には銀杏。冬にはきっと、秀人を思い出す。どんなに寒い日でも明かりを灯して、光で満たしてしまうような秀人は、凍てつく夜に何より恋しいあたたかさを持っているから。