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Note No.6

小説置場

100年後の話だってしますよ

「遠い日のうた」

「秀人合流したって」
 通話を終えた千歳が言うと、栄介が「これで心配はなくなったねえ」と続けた。他の二人が真顔でうなずくのを見ながら、千歳は苦笑いをした。本当にあいつ信用ねーなぁ。まあ、仕方ないか。
「よしよし。じゃあ、秀人がこっち来る前に、揚げたこ焼き買って来なさい。あの食欲魔人どうせまた食べるだろうけど」
 栄介がやたら神妙な顔で言って亜伊に指示を出した。悟一は慌てたような顔をするけれど、亜伊は真顔で「了解」と言うとほら行くぞ、と悟一を引き摺っていってしまう。悟一が参考書を買って勉強するのだという話と「ご褒美」の話を聞いた栄介は「じゃあ俺もー」と便乗したのだった。千歳は財政事情が厳しいので缶ジュース一本奢るにとどめたが。
「いやあ、欲がないよねー、悟一ってば」
 千歳の奢りでジュース、亜伊の奢りでアイス、栄介の奢りで揚げたこ焼きである。たいした単価ではないし何だかんだでみんなの腹に収まるというのに、悟一はものすごく恐縮していた。栄介は去っていた二人の背を楽しそうに眺めてから、千歳に向き直る。
「…ほんと、昔から変わらないね」
 その瞳によぎった色を千歳は知っている。千歳だけしか知らない、複雑でややこしい色。千歳は手に持っていたいか焼きを食べてから、栄介に同意した。
「ほんとに。あの真面目っぷりも全然、変わってないし」
「ああ、毎回必ず予習してくるのって悟だけだったよねー」
 思い出し笑いをしているのは、恐らく全く予習をしてこない千と日出に業を煮やした先生が課した罰でも思い出しているからだ。それがわかっているので、千歳は苦い顔をした。
「ずるいっつーの。榮信さん、予習の必要ゼロの課題ばっかだったじゃん」
「まあ、それはねえ。ていうかそれ俺だけじゃないじゃない」
 今ここにはいない人たちと、自分ではない名前を当たり前のように口にする。その不思議さや異様さなんて、とっくの昔から知っていたけれど、どうしようもなかったのだ。当たり前のように持っていて、自分のものではないのに奥底からほとばしる思いは決して嘘ではなかったから。
「史さんも予習要らなかったタイプだもんな…じゃあ、愛之助と大治はどうなんの」
「あの二人はほら、家事とかしてたから。あんまり深く突っ込めないんだよねあの人。世話されてる自覚あるから」
 苦笑いのようでいて、どこか違う匂いのする笑顔だった。こんな時千歳はつくづく思う。全てを知っているわけじゃないとは思っていたけれど、榮信さんと先生の過ごした日々は一番長くてどんなものだったのか、本当に俺は知らない。怒ると怖いけれど、気が弱くて大人のクセにどじだった。背は高くて案外筋肉もついていた。嫌な大人じゃなかったし、最後の最後で選んでくれた。だけれど先生だけはここにはいない。俺と話が出来るとしても、俺じゃ先生の話はあんまり出来ない。だって知らないことが多すぎるから。
「千歳」
 思っていたら、こつんと額を弾かれた。何かつまらないこと考えてない? と言うから、別に、と答える。つまらないことじゃなくて重要なことだったから嘘じゃない。
「俺は感謝してるよ」
 大きな手のひらを頭に乗せると、栄介は言った。何のことかはわかっているつもりだから、「俺だって」と返す。だっていい加減、自分の頭に疑いを持ち始めていたのだ。嘘じゃないと思ったし、あんなに苦しくて狂おしい気持ちが本当じゃないわけないと思っていた。それでも、そろそろ頭を疑った方がいいんじゃないかって思っていたのは本当だったから。栄介が現れて、自分のものではない自分の記憶がぴたりと重なり合った時は言い知れないほどに感謝した。嘘ではないとわかって、本当だったと知って心が震えた。
「ありがとね」
 栄介ははっきりとつぶやいた。恐らく千歳が思っている以上に自分が感謝していることを、千歳はわかっていないだろう。自分の頭の正しさだとか、あの日々が嘘ではないとわかったことだけではない。
 出会えたらいいと思っていたのは本当で、いざ見つけたら心が歓喜に震えたのも嘘ではない。だけれど、同じくらいに怖かった。覚えていなくても覚えていても、恐らく一人だけだったら遠くで見守っていただけだった。こんな風に触れ合って、近くにいて、会話が出来るようになるなんて、思いもしなかった。ただ真っ直ぐと「会いたい」と、一直線に思い続けた千歳がいなかったら。きっと罪悪感を抱えたままだったとわかっている。
「…千歳にも何か奢ってあげるよ。何でもいいよ、何がいい?」
 言えば、すぐさま顔を輝かせる。ホントにいいの? と鼻息を荒くして、辺りの屋台郡を見渡している。
「え、マジでいいの? 栄介さんお金あんの?」
「はっはー。バイト魔の大学生なめんなー」
 千歳がきらきらと顔を輝かせて、太っ腹の年季が違う! と喚く様子を眺めながら栄介は笑みをこぼす。300年前の話だってこんな風に出来るっていうなら、未来の話なんていくらでも出来る。100年後だって俺たち、きっと今みたいに仲良いでしょう?