Note No.6

小説置場

光って消える、ただそれだけと知りながら

 最後の花火が終わってから、隣で一緒に眺めていた秀人を見ればきらきらと顔を輝かせていた。視線に気づいたのか千歳の方を向くと、にこーっと笑った。
「終わっちゃったー!」
 すごかったなッと言うとばしばし背中を叩く。木の上という不安定な体勢を全く気にしていないから、千歳は苦笑しながら「そうだな!」と言って同じように背中を叩いた。ぐらりと体が傾いだけれど、おかしそうに「あっぶねえ!」と笑うだけだ。
「秋の花火ってのもいいよなー」
気温はだいぶ下がってきているせいか、人間が大量に集まっていてもあまり暑苦しくない。それどころか温かいくらいだから、寒い日にやった方がいらいらしなくて済みそうだよななんてことを、ぶらぶらと足を揺らして夜空を眺めながら、千歳はぼんやり考えている。秀人は興奮が覚めないらしく、しきりに何かをわめいている。千歳はその声を聞きながら不思議な気分に襲われていた。ずっと前から知っていた声で、ずっと前から知っていた顔で、どんな風に笑うのかもどんな風に怒るのかも、みんな知っていたのに。手を伸ばせばここにいるのが嘘みたいだ。ずっと前から知っていたけど、触れることなど出来ないと思っていたから。涙まで出てきそうで、慌てて鼻をすすると眉間に力をこめた。
「ちとせー、何でそんな難しい顔してんの?」
 あはは、と大きな口を開けた秀人は眉間を指で弾いた。いてっとつぶやけば、「笑って笑ってー」と言われるだけだった。
「楽しかったなら笑わなくちゃね」
 目を細めて、溢れ出しそうな光をたたえてそう言う。千歳は何を言えばいいのかわからなくて、言葉に詰まった。
 知ってるんだよ。俺はお前と一緒ならどんなことだって笑えたし、二人一緒なら無敵になれるって思えたんだ。楽しいことをたくさんして、そうして笑っていこうって言ったお前のことを知っているんだよ。たとえ、お前が知らなくても。そうだなって頷いて、肩組んで一緒に帰った日を、俺だけは覚えているんだよ。
「…そうだな」
 何度言ってしまおうかと思ったかわからない。同じように隣にいた日々を全部打ち明けてしまおうかと思ったかわからない。でも、俺だけしか知らなくて俺だけしかわからなくて、お前には何一つ関係のない記憶だから。俺はお前と笑っていたかったけど、思い出話をしたいわけじゃないから。だから、眩しくてくすぐったかったあの日々も、俺だけが覚えていればいいよね。
「また来ような、みんなで!」
 栄介さんと、史哉さんと、亜伊ちゃんと、悟一と、大貴と、それから千歳と俺! 白い歯を出してにしし、と笑いながら弾けるように言い切る。力強く当たり前みたいに言う顔に、あの日の笑顔が重なって眩暈がしそうだった。
山を越えた村で小さいながらも花火をあげるのだと聞いて、先生を説き伏せて山のてっぺんまでみんなで登った。ござを敷いて菓子を食べて茶を飲んで、思えばしょぼい花火だったけど、みんなで歓声をあげながら見ていた。虫に刺されてかゆくて、ござは小さくてみんなでくっついて暑くて仕方なかった。顎を伝う汗も、張り付く髪の毛も覚えている。だけどみんなで見た花火は格別で、夜闇を照らす眩しい笑顔で、あの時日出は言っていた。「また来ような、みんなで!」結局あれは最後の夏になってしまって、その願いは叶わなかったけれど―。
 泣きそうな顔で、千歳は秀人を見ていた。俺だけが持っている記憶。俺しか知らない、約束や笑顔や言葉。わかちあえる人が現れて死ぬほど嬉しくてどうしようもなくて、だけど覚えていてほしかった人は、記憶なんて持っていなくて。それでも、それでもどうして、こんな風に重なってしまうんだろう。
 秀人は千歳の表情にハテナマークを浮かべていたけれど、少しだけ考えこむそぶりをした。ううん、と唸るから千歳もどうした? と尋ねる。すると、秀人は難しい顔で答えた。
「ねえ、俺、前もこんなこと言った?」
 またみんなで花火見ようよって、俺前にも言ったかな? 心底不思議そうに紡がれた言葉だった。心から疑問に思っている言葉に、千歳はあげそうになった悲鳴をこらえた。強く拳を握りしめる。七人で花火を見るのは今日が初めてだったから、前にも言ったことがあるはずがなかった。だけれど、記憶のどこかにひっかかっているというなら。最後の夏に全員で見たあの花火を、どこかで覚えていてくれるというなら。
「…はじめてだよ」
 深呼吸をしてから答えた。秀人は釈然としない顔をしていたけれど、気にしないで続ける。
「俺たち会ったの今年だし。花火なんて一緒に見たの、今日がはじめてだろー?」
 笑いながら言えば、だよねえ、と返してくる。泣きそうになるからわざと大声をあげて笑いながら、そんだけ楽しかったってことだろ! と言いきる。深く考えない性質の秀人はそれで納得したらしく、だよね! と大声でうなずいた。千歳は隣にいる秀人に手を伸ばす。肩をつかんで、ばしばし叩いた。ここにいる。嘘じゃなくて、ここにいる。たとえ記憶を持っていなくても、俺のことを覚えていなくても、ここにいる。死なないでここにいて、殺さなくていい世界で隣にいる。ねえ、それがどれだけ俺たちが望んでいたことかって知っている?
「秀人、千歳、帰るよー」
 木の下から聞こえた声に、二人はそろって下を見る。すると栄介が呆れた顔をしながら二人を見上げていた。隣には史哉がいて、よく見えた? なんて聞いてくるし、亜伊と悟一はせっせと大貴に防寒具を渡して暖を取らせていた。
「もう、すっげ見えた。バッチリ」
 史哉の問いに胸を張って千歳が答えれば、そんなことを無視した秀人は下にいる栄介に声を張り上げた。
「ねえ、来年も、みんなでまた来よう! ていうか来る! 決定!」
 栄介に向けたというよりは、全員に発せられた言葉だった。意外そうな顔をしたのは栄介だけれど、その意味は千歳にしかわからない。すぐに表情を取り戻して笑顔になると「わかった、わかった」と答える。史哉は「楽しみだね」と乗り気だし、亜伊は「一方的だな」と悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「何だよ。いやなら亜伊ちゃん来なくていいよー」
「嫌とは言ってねえだろ。な」
 最後の台詞は当然のように悟一と大貴にかけられていて、二人も当たり前のようにうなずいた。秀人はそれらを満足そうに見渡してから、千歳へと視線を戻す。
「じゃ、来年も一緒だ!」
 目を細めて、悪戯が成功したみたいな顔をして笑うから。千歳はくすり、と笑みをこぼす。ああそうだ、最後の夏になってしまったあの約束を、またこうやって紡いでいこう。来年の秋こうやって、季節はずれの花火を見よう。何度だって、あの時果たせなかった約束を、俺たちはやり直せる。
 二人は勢いよく木から飛び降りると、五人と同じ目線になる。史哉が呑気にすごいねぇ、と拍手をして秀人が誇らしげに胸を張る。それを見ていたら、栄介が隣に来て、意味深な視線をよこすから、ただひっそりとうなずいた。きっと栄介も、あの約束を覚えている。
「…来年は、電車止まらないといいな」
 ぽつりと漏れたのは大貴の言葉で、史哉や悟一が同意する。それで散々な目に会ったことを忘れてはいないのだ。秀人はすかさず、「じゃあいっそ、前日から泊まればいいよ」と提案する。
「…安眠出来ない気がするんですけど…」
 ぼんやり言った悟一の言葉を、聞き逃すような秀人ではない。「うわー、悟一ってばそれどういう意味?」と質問しながら首に手を回し、ぐりぐりと顔を近づける。慌てたようで楽しげな顔をして、悟一は答える。
「何か秀人さん、絶対枕投げに強制参加させそうなんですよ!」
「え、よくわかったね。そのとーりだ!」
 わあわあきゃあきゃあ、騒いでは大貴を巻き込み、亜伊がどうにかなだめようとしつつ、史哉はご近所迷惑だとおろおろしている。その光景を眺めながら、栄介と千歳は笑みを漏らした。泣きそうな気分になりながら、それでも泣かないで笑っている。
 覚えていなくても。忘れてしまっても。それでも、またここで巡り会えたことの意味を、出会えたことの尊さを、この上もなく知っている。嘘でも幻でもなく、手を伸ばしたら触れられる。覚えていなくても忘れてしまっても、ただこの時だけが光っているならそれだけで笑えるんだと知っているから。
 さんざめく笑い声の中に、ここにいることの奇跡を誰よりよく知る二人もはじける笑みでくわわった。

 

Title:RADWIMPS「螢」