Note No.6

小説置場

プレリュード

 本屋で参考書を物色していたら声をかけられて、悟一は顔をあげた。目の前にいるのは去年までのクラスメイトで、特別仲が良かったわけでもなかったが、わりと話をする方ではあった。
「よ、照島。久しぶり!」
 快活な笑顔に思い出す顔がいくつかあって、そういえばどこの高校に行ったんだったけ、と思った。
「うわー参考書? さすがっちゃさすがだよなー」
 手に持ったものに気がついたらしく感嘆の声をあげる。まだ一年なのにやる気が違うなぁ、と感心したように言われて、悟一はどう返せばいいかわからない。さすがと言われる理由もわからないし、悟一にとってはやる気云々の問題ではなかったからだ。単に出来ることはやっておこう、と思うくらいで。
「やっぱドーバシ行くとなると、そんくらいやんないと駄目なんだなぁ」
 何かを納得しているらしい台詞に、なるほど、と悟一も納得した。自分が通う学校はいわゆる進学校なので勉強の必要があると思われているのだろう。確かに、目の色を変えて勉強しているクラスメイトもいるし、勉強に対する執念みたいなものがあるとは思うけれど、そういうタイプだけではない。むしろ、血眼にならないで成績上位者というものだってわりといるのだ。
「…ナオニシだっけ?」
「そーそー。ナオニシなんてわりと緩いからさ。夏休み明けテストあったけど、参考扱いだし」
 田んぼの中にある朴訥な高校だと記憶している。学校自体の知識はそんなにあるわけではないけれど、そこに通う人間を一人知っているために、印象がつながっていく。いつも笑顔で楽しいこと探していて、何でもかんでも楽しんでしまう人だ。単純なテストの話だったら自分の方がいい点を取れると思ったけれど、そういう話じゃないんだよな、と思っている。
「俺たちもうすぐ文化祭だからさ、暇だったら来いよ」
 善意100パーセントで構成されている言葉に、悟一はどう答えようか迷った。行こうか行くまいか、という話ではなく恐らく連れて行かれるに決まっているからだ。
 最近出会った面々の顔を思い浮かべて、複雑な心境になっていく。やたら強引で当たり前みたいに巻き込んできて、何てやつらだと憤慨した。人の領域に勝手に踏み込んでくるなと憤った。それなのに、伸ばされた手を拒めないのはどういうことだろう。悟一の頭は勝手に理由をつけて納得することには長けていたから、上手い理由を探すのは難しくない。たとえばイマドキ見ないほど綺麗な金髪をした秀人と、目の前の元クラスメイトと同じくナオニシに通う千歳。この二人が揃ったら、どんな言い訳も通用しなくてブルドーザーに巻き込まれるみたいに、気づいたら一緒に連行されている。逃れるなんて不可能だ。栄介は同じくドーバシ出身だというから先輩に対する礼儀が頭をもたげる。史哉はいつでも気弱な笑みを浮かべているから、逆に断り辛かった。
だけれど、それ以外の二人に関して言うならば、断れないというより抗えない妙な引力があった。目つきが悪くてガタイのいい、町で会ったら十中八九逃げ出したくなるような亜伊に、おどおどしていてハッキリしない様子がイラつくに決まっている大貴。だというのに、亜伊と大貴に誘われたら一も二もなくうなずいてしまう自覚があって、悟一の頭はここにだけはうまく理由をつけられないでいる。
「…ああ、たぶん行くよ」
 答えると、元クラスメイトは楽しそうな顔で笑った。「絶対来いよ! おもしろいもの見られるから」と言う顔は光をはなつようで、あの学校にはこういう人が集まるんだろうな、と漠然と思っていた。
「先輩たちがさ、面白いことすると思うんだ」
「先輩たち?」
 元クラスメイトは悟一の言葉に、こらえきれない、という笑顔を乗せてふわふわとした態度で言葉を紡ぐ。
「そうそ。一個上の先輩たちがさ、すげー面白いの。校庭にミステリーサークル作ったり、校内放送ジャックしたり、メンバーはいろいろなんだけど、先輩たちの学年はいつも何かしらやってくれるんだ」
「……」
 いっそ誇らしげな顔をしている元クラスメイトの言葉に、悟一は胸中で予感を抱いていた。その騒動の根源には絶対に千歳が関わっている気がする。根拠もないのに思ったそれは、想像というよりもはや確信だった。
「じゃ、待ってるからなー。照島も、花火大会来たんだろ? そういうの好きなら絶対おもしろいからさ」
 俺はもう行くなー、と行って走っていく元クラスメイトに手を振りながら、悟一は息を吐いた。物色した本を買ってから待ち合わせ場所まで移動しようと思いながら、唇の端には笑みが浮かんでいる。
 理由なんてわからないけれどどうしようもなく惹かれてしまう自分を自覚していて、それが嫌じゃないなんてこととっくにわかっていたから。元クラスメイトの話す人物を交えた待ち合わせ面子を思いつつ、悟一はゆっくりとした足取りでレジへ歩いていく。