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Note No.6

小説置場

水温む

 試験勉強をするために友人と連れ立って家へ帰ってきた。その帰り道で、幼馴染である亜伊を見かけた。駅から帰る道すがらにある公園で、缶コーヒーを飲みながら話し込んでいるのである。
 その様子を最初に見つけた乃里子はどう反応していいかわからず、妙な顔になってしまった。一緒にやって来た友人は怪訝そうな顔をした後、乃里子の視線の先を辿る。そして中学からの知り合いなので、亜伊の顔も知っていた友人はつぶやいた。
「なにあれ」
 そう言いたい気持ちはよくわかる。小さい頃から知っている乃里子でさえ言葉に詰まってしまったのだ。中学の知り合いである友人がそう言うのも無理はない。
 亜伊は外見的に損をしている、と常々乃里子は思っていた。目つきがよくないとか体格がいいとかそういうのに加え、あまりに無愛想すぎる。もっとも、家庭事情を知る乃里子からすればそれも仕方ないと思えるのだけれど。あんなに日々ぴりぴりしていて、取り繕った家で生活していたらそりゃ感情も出しにくくなるだろう。一人息子である亜伊は、小学校に入る頃には毎日勉強に追われていて、友人と遊ぶこともゲームをすることもままならなかった。事情のわからない乃里子は何度か遊びに連れ出そうとしては失敗して怒られて、その度亜伊は申し訳なさそうな顔をしていた。小学校に入ってからは、せいぜいその時くらいしか、乃里子は亜伊が感情を表に出しているのを見たことがない。
 そういう事情も手伝って、亜伊が中学へ入る頃にはすっかり今の亜伊が出来上がっていた。無表情で、無愛想で、目つきが悪い。そんな亜伊には、絡んできたヤツをボコボコにしただとか、隣の中学生をリンチしただとか、そういう噂がくっついてくるのにも時間は要らなかった。
 小学校へ入る前までは、結構笑ってたんだけどなぁ、と乃里子は思っていた。子どもらしくかわいらしい顔で、にこにこしてたんだけど。そう言っても、友人は冗談扱いするだけだった。まあ、いざ話してみると意外と話しやすいし、特別乃里子を遠ざけているわけでもなかったから、会話は普通に成立していたので、近い友人はそれほど怖い人ではない、程度の認識はしていた。ただ、無愛想なのは変わらなかったけれど。
 その亜伊が、である。近くの公園で缶コーヒーを飲みながら話しているのは、小柄な少年たちである。一人は中学生くらいだろうし、もう一人はいまいちわからなかったが、制服から堂橋高校だとわかるから高校生であるらしかった。体格のいい亜伊と並んでいるとずいぶん小さく見えて、下手するとカツアゲ現場に見えなくもない。だけれど、それが違うことくらい一目瞭然だった。
 缶コーヒーを手にした亜伊は、口元に笑みを浮かべている。目の前の二人の少年も、楽しそうな笑顔を浮かべて、和気藹々と会話をしているのだ。時たま、目尻をさげて二人の頭を撫でたりしている。わしゃわしゃと強い力で髪をかきまぜ、やわらかな笑みをたたえて二人に接する亜伊を前にして、乃里子はどうすればいいかわからなかった。
「…なにあれ」
 友人もどうすればいいかわからないらしく、あんぐり口を開けて公園を指し示す。
「え…なに。何あれ、あれ、長久保くんだよね?」
「亜伊だね」
 えーと言いながらも視線を外せない二人は、亜伊とそれ以外の少年の光景をただ見ていることになる。小さい方の少年がくしゃみをすれば、亜伊が自分のマフラーを巻いてやるし、もう一人の少年が手袋を差し出す。携帯電話に何か着信があったらしい亜伊が携帯をチェックすると、おもしろいものでもあったのか二人に液晶画面を見せては笑いあっている。こうなって来ると、二人の少年が持っている飲み物も亜伊が買ってやったのではないかと思えてくる。
「…長久保くんの隠し子とか?」
「アホか」
 年齢的におかしいでしょ、と言うものの少々納得できる気もしてしまった。生き別れの兄弟説を持ち出されたら否定出来なかったろう。
 三人で輪になり、何が楽しいのかあたたかな笑みを乗せている。あたたかいとは言えない公園なのに、あの三人の周りに漂う空気は、この上もなく温もりにあふれているのだろうということは、想像に難くない。どういう関係なのかはわからないし、一体彼らが何ものなのかもわからない。だけれど、滲み出してくる慕わしさは本物で、何より強く感じている愛おしさが、ここまで迫ってくるようだった。
 二人は、ずっと見ているのも気がひけてきて乃里子の家へと足を進める。その途中で、友人は乃里子へぽつりと言葉を漏らした。
「何ていうか…子育て中の野生動物見てるみたいな気がしたよ」
 慈しんで、大事に育てて、守っていこうとするみたいに。一方で、全幅の信頼を寄せて、まっさらに慕っている。乃里子は「アホか」とはとても言えずに、そうだね、とうなずいた。きっと今の亜伊なら、あの頃みたいに満面の笑みを浮かべるのだろう。