読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

夏来り

「遠い日のうた」

 降ってくる蝉の声を聞きながら、千歳はじっとりと熱気を発するアスファルトの上を歩く。頭上から照りつける太陽に、照り返しのアスファルトという二重攻撃は本気で耐えがたかった。手に持ったビニール袋に入っているアイスを今ここで食べても俺は文句を言われないはずだ。
「おかえりー!」
 しかし、そんな千歳の考えを見透かしたようなタイミングで声がかかる。見れば、公園の入口で秀人が待っていた。タンクトップに半ズボン、ビニールサンダル。金色の頭がきらきらしていてまぶしい。
「ちゃんとアイス買ってきた?」
「当然だ。代価として俺はこのアイス全てを要求する」
 坂の下のコンビニまで買いに行かされ、それはつまり坂の上まで登らされたということだった。秀人は唇を尖らせると千歳の言い分をばっさり切って捨てた。
「寝言は寝てから言ってクダサイ」
「ひでー! だって俺、どんだけ重労働したと思ってんの!?」
 千歳の叫びなど意に介さず、持っていたビニール袋に手を突っ込んでアイスを取り出す。さっさとパッケージを開けて口に突っ込むと、つめてー! と叫んだ。仕方ないので、千歳もアイスを取り出して口へ放り込む。冷たさを思い切り噛み締めた。
「いやーガリガリくんは正義だわー」
「うまい・安い・でかいの三拍子だからなー」
 一通りガリガリくんをたたえてから、二人は公園まで戻った。木の下の、濃い色の影が出来ている場所を選んで腰をおろす。蝉の声が耳鳴りのように響いているので、それに負けじと声を張り上げながら会話する。
「で、場所的にはどーよ?」
「いいと思うよー。坂の上だからよく見えそうだし」
「逃走時間は?」
 食べかけのアイスを口に突っ込んだまま、秀人は半ズボンのポケットを探る。くちゃくちゃの紙を取り出すと、千歳に差し出した。
「…お前の学校の予定表? 何、この日課外活動あんの」
「うん。希望者という名の強制連行。俺ヒゴロの行いがいいから入ってないけどねー」
 しゃくしゃくとアイスを食べながら、場所見て場所、と促す。千歳がそこへ目をやると、町の中心部にほど近く、この公園からだとちょうど真反対に当たる場所が主な舞台となるらしかった。秀人はにやにや、と笑みを浮かべて先を続ける。
「うちのガッコ、目つけられてるじゃん?」
 柄も悪いし頭も悪いし、というわけで警察補導率はぶっちぎってのナンバーワン高校に通う秀人は、心底面白そうに言った。
「だからたぶん、ケーサツの目はこっちに行くと思うね。確実に、警戒される自信あるよ」
「なるほど?」
 秀人の言葉を瞬時に理解して、千歳は口角をあげた。二人の計画にとって、それは確かに好都合な情報だ。警察の目が中心部に向いていれば、逃走の時間はかなり稼げる。騒ぎに気づいてからここへたどり着くまで、だいぶ時間がかかるのだから。
「じゃあ、やっぱりチャリ隠しとくのが一番いいな」
「だね。やっぱチャリ移動が何だかんだで強いもんねー」
 人力なのでスピードはそこまで出ないが、大概の場所なら走り抜けられるのは強みだろう。裏道の多いこの辺りならなおさらだ。
 二人はそれから買ってきたアイスを食べ終わるまでいくつか打ち合わせをしていたが、話はまとまったらしい。秀人が一目散に木陰から飛び出し、中央にある水飲み場まで走っていく。伸びをしてから後を追った千歳は、勢いよくあがる噴水に目をしばたたかせる。
「こんな風に、花火あげてみせる!」
 白い歯を出して笑う秀人に、おうよ! と答えた。花火をやらないこの町なら、自分たちがあげてやろうじゃないかと思い立ったのは二週間前。花火は市販のロケット花火だけれど大量に買ったし、一番よく見えるであろう場所も選定済み。逃走の仕方もばっちりだ。
 二人は水の掛け合いをしながら、大声で笑い通しだった。ずぶぬれになりながら、それでも心底楽しくてたまらないと、ただずっと笑っている。
「お。秀人、見て見て。虹!」
「ほんとだー!」
 きらきらとした光の中で、まぶしいほどに水滴が散る。輝くように笑う二人は、太陽の熱さにも負けることはない。