読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

Say, Hello!

「遠い日のうた」

 学校からの帰り道、とぼとぼと駅へ向かって歩く。入学式も終えて、晴れて直山西高校の生徒になったわけだけれども、クラスはまだぎこちない。そりゃ、初対面がほとんどの状態でまだ二日しか経っていないんだから仕方ないんだろうけれども。どうも俺はこういう雰囲気が苦手だ。それぞれが腹を探り合って、自分の立ち位置を確かめるみたいなそういう状況。
 俺だって最初から全部を出し切っているわけじゃないから人のこと言えないけど、はやくクラスがきちんと回っていけばいいと思う。そうしたらもっと居心地がよくなるだろうし、せっかくの高校生活だ。かわいい彼女だってほしい。
 仲良くなった連中はチャリ通だったり、電車通学の人間は今日一緒じゃないので、俺はとぼとぼ駅までの道を一人で歩いている。そういえば明日からは通常授業になるって聞いたけど、最初の授業って確か担任の授業だったよなぁ。わりと若い先生だから、悪ノリにも付き合ってくれそうなんだけど。何かこう、面白いこととか出来たらいいんだけど。そしたらクラスはもっと楽しくなりそうなんだけど。
 そんなことを考えていたら駅が近づいてくる。高架にもなっていない学校からの最寄り駅は小さくて、それでも二つ路線が入っているんだから中々優秀だ。俺は尻ポケットを探って定期を取り出そうとするけど、指に何の感触も引っかからない。あれ? と思いつつ何度も深く指を突っ込むけど、ポケットには何もなかった。後ろじゃなかったかな、とズボンの両脇学ランの内ポケットと胸ポケットを探るけど何もない。
「……」
 ポケットじゃなかったのかもしれない。改札前までやって来てしまって脇にずれながら大して中身のない鞄を漁る。適当にここに放り込んでいたのかもしれないとがさがさやるけど見当たらなかった。まだ授業もないから、大して入っているわけでもない鞄を三回くらいさらってみたけど、定期券は陰も形もなかった。背中を嫌な汗が流れていくのがわかる。ものすごく長距離ってわけじゃないけど定期券だ。三か月分買ってあるから、俺からすれば結構な額になる。それを二日でなくすって、そりゃ俺もそんなに几帳面な人間じゃないけど、それにしたって二日って!
 きっと全額俺が出さなきゃいけないんだろう、俺の不注意だし、これでしばらく金欠生活じゃん…と、絶望的な未来に悲観していた時だった。座り込みそうになる俺の目の前に、その辺によくある学ランがやって来た。別に特別な制服じゃないから、学生が改札を抜けようとしたのだと思った。邪魔だったかな、と思って退こうとしたら名前を呼ばれた。
「えーと、ハシモトシンジ?」
「は?」
 学ランから発せられたのは俺の名前だった。ぼんやり足元を彷徨っていた視線があがって学ランの顔をとらえる。短髪に黒い髪、ナオニシ生的に標準の、飛びぬけてもなければ地味でもない感じ。つまりどこにでもいそうなやつ。ただ、そいつはどういうわけか肩で息をしていて呼吸が苦しそうだった。
「これ、橋本、くんのだよな?」
 差し出されたのは黒い四角形の薄いケース。ものすごい反射神経で受け取ると、案の定そこには俺の定期ちゃんが!
「あ、よかった。やっぱりあってた」
 これで金欠生活を送らなくて済む! とその場で踊りだしそうな気分になるけど、ここが駅前だということくらいわかっているので押し留まる。一通り脳内で喜びを噛み締めてから、ふと目の前の人物に注意を向けた。よかったなー、と言って定期を取り出して自分はさっさと改札へ行こうとするので。
「ありがとう、ほんっとありがとう!」
 慌ててお礼を叫ぶと、相手は面食らったような顔をしてからすぐに笑った。白い歯を見せて大きな口を開けた笑い方は、愛想笑いとかそういうんじゃないとすぐにわかる。本当に、心から楽しそう。
「いやいや、下駄箱で落ちてるの見たからさ。入学式二日後で定期なくすとかわらえねーもん」
「ああもうほんとに。さっきまでマジへこんでた」
 下駄箱で落としてたのか、と思うと同時に、同じ下駄箱使ってるってことはもしかして同じクラス? という疑いが頭をもたげる。こんな顔、あったようななかったような…いかん、思い出せない。
「えーと…、えーと、あの」
「あ、毎原。俺毎原っつーの。橋本の列の後ろの方だからわかんねえと思うけど、同じ組デス」
 おどけるように名乗ってくれたのでありがたかった。毎原は変わらない笑顔であ、でもわざわざ走ってくる必要なかったのか、とか言っている。定期なきゃ入れないし、あーでも切符買う前だったからよかったのかも、と何てことのないように言うけれど。
「…毎原、もしかしてここまで走ってきたの?」
「あ、うん。いい運動になったわ」
 あっけらかんと言うけれど、俺だったら初対面のクラスメイトのためには走らないと断言できる。だから反射的に言っていた。
「毎原今日これから暇!?」
「うん。暇だけど」
「よし、じゃあ俺がアイス奢ってやる。さあどれがいい! 定期の礼だ!」
「マジか!」
「マジだ!」
 言うと背中を押して、駅の傍にあるアイスクリーム屋へ引っ張っていく。その背中に俺は反射的に、明日の最初の授業の話をしている。具体的な計画があったわけじゃなかったけど、そうなったら楽しそうっていうくらいだったけど。毎原は心底乗り気の顔で話を聞いて、「おもしろそーじゃん、やろうぜ」と笑った。