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Note No.6

小説置場

ともしび


 校則なんて、あってないようなものだった。恐らくいろいろと、してはいけないことだとか守るべきことはあったのだろうけれど、この学校に入った時点で大体のことは許されていると理解してよかったのだ。喫煙飲酒なんて当たり前、警察の世話にならないように(というのでさえバレなければOKくらいの意味だ)していればよかった。
 そういうわけで、晴れて樫賀高校の生徒になった秀人も嬉々として言った。
「ねーちゃん、染めてー!」
 満面の笑みを浮かべながら持ってきたのは、脱色剤。留美は一応弟の顔を見直してみた。真っ黒の髪をして黒い瞳を持つ弟は楽しそうな顔を崩さない。
「…染めんの?」
「うん、せっかくだからっ!」
 恐らく樫賀高校にも校則はあるはずなのだけれど、学校が学校だけに無駄だろうなぁとは思った。というか髪を染めるなんてかわいらしい類ではないか、と留美は思う。ピアスとか化粧とかタトゥーかだっているに違いない学校で、「髪染めたい!」くらいで済むならお安い御用というものだ。そういうわけで、留美は弟の持ってきた箱を受け取る。しかし。
「って、これ金じゃん!」
「ん? そーだよ?」
 何がおかしいの? という顔をしている。最近では髪を染めるとは言っても、明るい茶色くらいが普通だろう。金髪って、最近見た記憶がない。
「金髪なんて、全然見なくない?」
「そう?」
 そう言えばそうかもなぁ、と言うけれどそれは単なる事実確認でしかない口ぶりだ。秀人の中では、金色に染めることは決定事項らしい。
「何で金よ。最近の主流から大きくずれてますけど、お客さん」
「へん?」
「…いや変かどうかはわかんないけど」
 黒髪しか見たことがないので、上手く想像出来なかった。決定的に和風顔、というわけではないからある程度色を抜いてもそれなりに見られるだろうとは予想できたけれど、秀人が持ってきた脱色剤はかなり強いものだ。結構しっかりした色になることが予想される。ブロンドというより、これは一種黄色と表現してもいいのではないだろうか、という具合だ。
「あんたがコレがいいっていうなら別にいいけど。…でもいきなり染めてこれって、結構冒険じゃない?」
「そうかなー。ずっとやりたかったんだもん」
「そうなの?」
 初耳だった。中学時代から頭悪いし提出物忘れるし、とある意味問題児ではあったが素行は悪くなかったはずだ。ファッションも校則に従ってはいなかったけれど、口うるさく指導されるほど乱れてはいなかったし。
「うん。でも、中学で染めたらウルサイでしょ」
 いちいち言われるのも面倒だったし、あんまりスゴイ色に出来ないしー、と言う。弟なりに軽い頭で考えていたらしい。確かに頭も悪くて素行も悪くて身だしなみまで乱れていたら、教師が目を光らせる割合は高い。そうなると母親まで話が行くし、もしかしたら母子家庭云々まで話が及ぶことまで考えていたのだろうか、と思ったけれど留美はすぐに否定した。そこまで考えていたとは思えない。ただ、本能的に察知していた可能性は否めないけれど。
「…にしても金髪…っていうかこれ黄色じゃない?」
「うん、目立つでしょ」
「目立ちたいの?」
 そんなに自己顕示欲強いやつだっけ、と思った。それともカシコウに入学するには舐められてたまるか、とかそういう考えなのだろうか。男としてのプライドとか? と思って弟を見る。秀人は、意外にも困ったような顔をした。
「うーん…目立ちたいっていうか……でも、目立ちたいのかな? たぶん」
 曖昧な答えだ。ずっと染めたかったにしてはハッキリしないし、自分のことなのに何だか他人事のようだった。
「何、どうしたの」
 問いかけると、秀人はますます困った顔をした。何かね、と言ってゆっくりと言葉を紡ぐ。
「髪の毛、目立つ色にしたら見つけやすいかなって思って」
 中学の頃から漠然と、コレじゃ埋もれる、と思っていたという。何の意味も理由もなかったけれど、ちゃんと見つけやすくしなくちゃ、と感じていた。だから、もし許されるなら目立つ色にしようと思ったのだ、と言う。留美は何とも言えない顔で弟を見る。
「そんなに見つけてほしい人でもいんの?」
「かねぇ?」
「あー運命の恋人とか?」
「うわ、それだったら最高なんだけど!」
 ねーちゃんナイス、と笑うので留美も笑った。理由はいまいちわからないが、とりあえず「髪を染めたい」という意思だけは伝わってきた。何でまたこんな奇抜な色、と思ったけれど弟なりに理由はあるらしい。
「でも、何でコレ? 目立つなら赤とかでもいいんじゃない?」
 脱色剤を手にして問うと、秀人はそういえば、と言った。思いついたのこれしかなかったんだよ、と続けてから少しだけ考える素振りをして答える。大きく口を開けて、輝くように笑うので留美は弟の選択の正しさを知った気がした。
「だって、光ってる方が見つけやすいかなって」

 

 

(ここで明かりを灯しているよ)