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Note No.6

小説置場

抱く

 繋ぎ止めておきたいと、願ってやまない。

 

 机の上に山と積まれたモノを眺めながら、さてどうしようか、と首をひねる。たぶんこの辺りに放っておいてあるんだけど、さて一体どうしたものか? 腕を組んで考え込んでいたら、後から部屋に入ってきた面々が口を開いた。
「…どうしたらここまで出来るんですかね…」
 思いっきり呆れながら口を開いたのは悟一だ。軽蔑とかを通り越していっそ感心されている気がする。秀人はさっきから爆笑しているし、栄介さんはニヤニヤしているだけなので、援護は期待出来ない。あの二人も部屋汚いくせに。
「えーと、うん、でも何ていうか、……すごいんじゃない?」
 何らかのフォローをもはや放棄したらしい史哉さんが、とりあえず「すごい」という点だけを強調してくれた。亜伊が「無理に褒めなくてもいいと思います」と冷静に言い切り、隣の大貴は「掃除機かけたい…」とかつぶやいている。マズイ、ここで亜伊仕込みの家事が炸裂しても困る。
「よし、それじゃあ探すか!」
 結論、全員無視して本来の目的を遂行しよう。知らない、後ろの人たちを俺は知らない。嫌だって言っても付いてきたメンバーのことなんか知らない。とか思っていたのに、爆笑から回復した秀人が真っ先に隣へすっ飛んできた。
「何、どれ探すわけ! オレも手伝うからっ、遠慮すんなっ!」
「お前絶対楽しいだけだろ」
「うん、宝探しー」
 歌うように言われたけど、予想済みの答えだったのでまあそうだよなーと思った。秀人だし、そういう回路だろう。そして俺はそんなアイツの思考回路が嫌いじゃない。っていうかむしろ好きだったりする。
「昔読んだ本だからなー。あるとしたら、一番下?」
「下とか! 見えねーし! 下どこだよ!」
 げらげらと笑いながら示すのは、学習机だけれど。本とかプリントとか雑誌とか洋服とか色んなものが積み上げられて小山になっている机は、本来なら書き物をすべき場所が一つたりとも見当たらない。だって机なんて物置きくらいしか思ってないし。
「本は本棚に入れてください」
 きりり、とした声が飛ぶ。悟一が一応本棚を見ているけど、そこにはないと断言出来る。そこ漫画しか入ってないし、最近じゃ妙なオブジェとか課題で作った妙なモンとか友達に押し付けられた謎の物体とか突っ込んでるから。
「でも、足の踏み場はあるし…」
 困ったように言った史哉さんが、フローリングの床を見る。一応人間一人だけが行き来出来る程度のスペースは確保されているのだ。それ以外の部分は全部、山のように積んだ物の所為で見えないけど。
「…ベッドもだいぶ侵食されてんぞ…」
 窓際のベッドへ視線を移した亜伊がつぶやく。ベッドなんて体が置ければいいわけで、随分広いスペースは室内用バスケットゴールとか、グローブとかそういう系のもが置き散らかっている。
「話には聞いてたけど、本当すごいねぇ、千歳の部屋は」
 ニヤニヤと、笑みを消さないで栄介さんが言い切る。俺は「だから言ったじゃないですか」と返しておく。
「俺の部屋は腐海だっつって恐れられてんですから」
 別に妙な菌は発生してないけども。最近では、当初こそやかましかった母さんも口うるさく言わなくなってきたので、諦めたんだと思う。やたらと色んなものを溜め込んで、捨てようとしない俺の習性を矯正しようとしたってそうは行かない。
「つーか、こんなもんさっさと捨てろって」
 呆れたような亜伊が手に持っているのは、賞味期限の切れた飴玉だった。ビニールの袋に入っていて、印字されている日付はたぶん二ヶ月くらい前。
「それは入学式の時、隣になった子がくれた記念の飴です」
 食べ忘れてそのままだけど、捨てるのも忍びないというか、勿体無いというか。だっていつの日か、あの時もらった飴は何味だったかなぁとか思うかもしれないし。
「…この辺りは何なんですか」
 悟一が指差すのは、本棚に陳列しているガラクタの数々。俺が図工で作ったもので、木を組み合わせて作ったロボットだとかそういうのだ。
「あと、隣のは中学の文化祭の時友達と作ったやつだし、その隣のは土産でくれたやつ、んでもってさらに隣は知り合いの一人暮らしの兄ちゃんが引っ越す時もらったアンテナ」
「……」
 何でそんなもの持ってるんだ、という顔だ。まあそれはそうだろう、普通要らないだろうし、俺だってゴミだよなぁって思わないけじゃない。だけどどうしてかな、俺は手放せやしないんだ。
 たとえば、秀人の足下に散らかっているのは駅前で毎日もらっている美容院の広告。近所の床屋で充分な俺にとって利用価値は一つもないけど、時間や曜日によってどんな人がこれを配ってたのか覚えている。たとえば、大貴の足下に積まれているのは、中身の入っていない空き箱たち。小学校の時、探検だって言って自転車漕いで行って見つけたお店に置いてあったのを、冒険の証で持って帰った。
 たとえば、たとえば、たとえば。部屋の中に散らかる色んな物、一つ一つにはいつだって意味がある。くだらないことだって、些細なことだって、一つとしてどうでもいいことなんてなかったんだ。
 昨日食べたガムの包み紙だって、誰の隣にいたか知っている。昔もらったお年玉の空き袋だって、これでゲームソフトが買える! って思ったことを忘れない。テスト前に貰ったシャー芯とか、給食の残りのバターとか、並んで喰ったあんまんの袋だとか。ちっちゃくて、忘れてしまいそうな、欠片みたいな記憶だって、一つだって逃したくないんだ。
「…もしかして、全部覚えてるんですか?」
 じっと真っ直ぐ視線を向けて、大貴が言った。それは「気持ち悪い」とか「不気味」とかいう色ではなく、単純に不思議に思っている顔だった。俺は答える。ゆっくりと、なるたけ何てことないような顔で。
「そうだったら、いいね」
 膨大な物たちにまつわる記憶、全てをつなぎとめていられたらいいけど、それは難しい。俺はどうしたって忘れてしまうから、何もかもを覚えておくことなんて出来ない。だけど俺はいつだって願って止まないんだ。ここにある色んなものたちを、いつまでも繋いでおきたいって、覚えておきたいって。
 だって俺は、何より強く知っている。何でもない毎日のどうってことない一欠けらが、愛おしくてならなかったことを。忘れてしまいそうな小さいことが、本当は狂おしいほど大切だったってことを。宿題を記した筆、半紙の端っこ、草履の藁一つ、駆け回った境内の石ころ。あの頃に戻れるなら、きっと俺は宝物みたいにして抱きかかえて、持って帰ろうとする。
 だからどんなに些細なことだって、小さくて失くしてしまいそうなことだって。繋ぎ止めておきたくてたまらないし、自分の手から放してしまいたくないんだ。いつか、とても遠い日のいつか。こんな些細でありふれたものを、狂おしいほど求めて止まない時が来るかもしれないから。