Note No.6

小説置場

夢違え

 

 きみをころすゆめをみた、


 隣で寝ていた体が、飛び上がるようにして跳ね起きた。ここからでも、息が荒いってことくらいわかる。全力で走った後みたいに、肩が上下に激しく動いている。
 時々こんな風になることに気づいたのはいつからなんだろう。最初は何かあったのかって思って、声をかけようとした。だけど、すぐにそれが出来なくなってしまったのは、小さな明かりの下にある横顔を見てしまったから。
 きっと今夜もおんなじだ。最初に気づいた時みたいに、こんな風に飛び起きた後は、決まって涙を流している。苦しそうな顔で、声を殺して泣くのを見た時から、上手く声をかけられなかった。
(なあ、千歳。どうしてお前、泣いてるの)
 言いたいことはたくさんあったはずなんだけど、最初に声を出せなかった時から、オレの口はものすごく重くなってしまったらしい。言葉にしようとすると、全然口が開かなくなる。だからこうして、隣でじっと様子を確かめることくらいしか出来ないんだけど。寝てるフリをして、もう一回布団に戻るまでじっと待っていることしか出来ないんだけど。
 今日は何だかいつもと違うみたいだぞ、ということに気づいたのは、中々千歳が戻らないからだ。後、何か今日はものすごく視線を感じる。ちゃんと目を閉じていられるか心配だから、大体後ろを向いちゃうんだけど、その背中に思いっきり視線が突き刺さっている気がする。何だろう。すっげえ見られてる。ものすっごい、見られてる。
 何か落ち着かないなー、ともぞもぞした気分でいたら。ぽつり、と言葉が落ちた。夜に紛れちゃうんじゃないかってくらい、すっごい小さくて、遠くから聞こえる車の音とか、ちょっとした隙間風が通る音の方が大きいんじゃないかってくらいの、声。だけど、オレの耳はちゃんと拾った。千歳の声なら、ちゃんと届いた。
「ひでひと」
 迷子になったみたいな声をして、一つだけ知ってることみたいに、オレの名前を呼ぶから。それ以外言葉なんか知らないみたいな声で、オレを呼ぶから。そしたらもう、どうしたらいいかなんて一つしかないじゃん。
「千歳」
 起き上がって答えた。オレの名前を呼んだ千歳に向かい合って、すっげえびくりしちゃってるけど知らないフリをして、いつもそうしてるみたいに、ヘッドロックかます勢いで腕を頭に回した。久しぶりに会った時とか、駅で歩いてるの見つけた時とか、走ってってこうやって思いっきり頭を抱えている。そうすることが当たり前で、会えて嬉しいって伝えるみたいなもんだから。今もそういう気分で、がしっと頭を包んだ。
「千歳、お前何で泣いてるの」
 顔は見えない。どんな顔をしているかなんてわかるから、見えなくたって全然いい。千歳は黙って答えないけど、そのまんまでじっとしていた。どうして泣いてるかなんてわかんないけど、それならこうやって抱えててやろうって思った。いつもそうしているみたいに、どうして泣いてるかなんて知らんけど、どんなことがあったって、オレはお前といるとこんな気分になっちゃうんだ。やった! って気分で、走り出してタックルしてぎゅうぎゅう抱きついてやりたくなるんだ。それだけ確かなことなんだ、て思いながらずっとこの体勢のままでいた。
 そしたら、どれくらい時間が経ったんだろう。千歳がやっぱりぽつぽつ言葉を落とした。聞き取り辛いんだけど、どういうわけかオレの耳は声をきちんと拾っている。
「ゆめを、みたんだ」
 いつもはっきりしてて、明るい顔をしている千歳と全然違う。このままどこかに沈んでいきそうで、思わず腕の力を強くした。ぎゅってつないでおくみたいに。千歳は言葉を続ける。
「おまえをころす、ゆめをみた」
 言った瞬間、千歳の体が固くなる。思い出してるみたいだ。オレを殺す瞬間を、たぶん今の千歳は思い出している。
「おれがこの手で、おまえをころすんだ。かたなで、首を切るんだ。ちがいっぱい出た。ちだらけになった。それで、おまえが、うごかなくなって、ずっとだきしめているのに、どんどんつめたくなって、だきしめてるのに、おれはまだあったかいのに、おまえだけがつめたいんだ」
 ぼろぼろと言葉がこぼれていく。頭を抱えているから、腕の部分が濡れていくのがわかった。泣いてるんだ。ずっとずっと泣いてるんだ。何度もオレを殺すたび、お前はずっと泣いてたんだ。
「…バッカだなー」
 なるたけ軽い声で答えた。お前の苦しいこととか、悲しいこととか、そういうの全部なかったことにするわけじゃない。お前が泣いたこととか、怖かったこととか、そういうの全部、くだらないって言うんじゃない。
「そういう時はさぁ、千歳」
 腕の力をゆるめて、千歳の顔をのぞきこむ。涙で濡れた目がきらきらしていた。小さな明かりの下でもはっきりわかるくらい、ぐしゃぐしゃの顔をしている。千歳はぼんやりした顔でオレを見ている。いつもみたいな、ツッコミする時みたいに強い雰囲気は全然なくて、オレが思いついたことをいい感じに仕上げて嬉しそうな顔をしているのと全然違う。
 でも、いいんだ。オレはたぶん、そういう千歳じゃなくたって、きっと傍にいる。千歳がいるなら、オレはここにいるから。お前といるから。だから、こんな時はこうしたらいい。そんな夢を見て、怖くてたまらないなら、こうすればいい。
「オレのこと起こして、生きてんじゃんって確かめたらいいよ」
 何度オレを夢の中で殺したって。その手が血まみれになったって。オレはきっと近くにいるから、オレはそばにいるから、そしたら確かめればいい。ここでちゃんと生きてるし、千歳の手には血なんかついていないんだって、確かめたらいいんだ。
「な、これでオッケーじゃん?」
 すっげえいい考えじゃね、これ! 思わず叫んだら、千歳が笑った。息が抜けるような、小さくてやわらかい声で、笑った。
「でもおまえ、そんなことしたら怒るじゃん」
 くすぐったそうな顔で言う声は、いつものに似ていた。少しは薄まったかな。夢の中身なんて、飛んでいったかな。思いながら答える。
「怒ったら、余計わかんじゃん? 殴ったり蹴られたら、絶対わかんじゃん」
 なら千歳も安心だろ、て言ったら。目を丸くして、それから思いっきり顔中に笑みを広げた。嬉しくてたまらないって、じわじわと滲み出していくみたい。そうだよ、千歳、そんな風に笑っていいんだ。だってみんな、夢だもの。お前が見たのなんてみんなただの、悪い夢だよ。