Note No.6

小説置場

諸刃

 この人の強さは、同じくらいに脆い。


 ぎゅ、ぎゅ、と包帯を巻いている。あんまり上手く出来なくて曲がってしまったけど、何も言わないでしたいようにさせてくれている。ぐるぐる、白い包帯だけを見つめながら、頭の中には色んな言葉が渦巻いていた。
「…大貴?」
 いくらかの沈黙の後で、ゆっくりと千歳くんが口を開いた。もしかして痛かったのかも、と思って顔をあげたら、ほんのりと笑みを浮かべた顔が目に入る。痛かったわけじゃ、ないみたいだ。それでも、恐る恐る口を開いた。
「…痛かったですか?」
「え、ううん。平気」
 ちゃんと手当てしてくれてるから大丈夫、と明るい顔で続けた。だから大貴は心配しなくていいよ、だなんて言うからどんな顔をすればいいかわからなかった。だけど千歳くんは気づいていないのか、それとも気にしていないのか、とにかく何でもない顔で先を続ける。
「大貴は? お前こそ、怪我しなかった?」
 当たり前のように尋ねられて、言葉に詰まった。そんなことを言われるとは思っていなくて、どう答えたらいいわからない。だって、怪我なんてあるはずがなかった。傷一つつくわけがなかった。
「…ない、です。全然、大丈夫」
 首を振ったら、見るからに安堵したのがわかる。じわじわと笑みを広げて、心の底から言っている。ほっとしたような顔で、心から、何だかとても素晴らしいことでもあったみたいな顔をして。「大貴が怪我しなくて、よかったよ」
 本当に心の底から幸せを噛み締めているような顔に、胸の奥がきゅっと鳴ったような気がした。そんな顔を、しなくていいのに。とびきりの奇跡でも起こったみたいな、素晴らしい出来事を目の当たりにしたみたいな。そんな顔をする必要は、一つだってないのに。
「…怪我なんか、しません」
 怪我一つするはずなかった。それは奇跡だとかそういう類の話じゃなくて、至極当たり前のことだった。だって、そんなの。怪我一つしなかった理由だなんて、そんなの、痛いほどにわかっている。
「千歳くんが、助けてくれたから」
 おれに傷一つないのは、怪我をしなくて済んだのは、至極単純な理由だった。間一髪という所で千歳くんが助けてくれて、おれが負うはずだった傷はみんな千歳くんが負っている。おれが無傷の理由はとても簡単で、奇跡だとか何かとても素晴らしい力が働いた結果じゃない。千歳くんが助けてくれたからだ。おれの代わりに、千歳くんがぼろぼろになったからだ。
 それなのに千歳くんは、嬉しそうな顔で言うんだ。おれに怪我がなくてよかったって、おれが無事でよかったって。それが当たり前のことみたいな顔で、簡単に言ってしまう。当然の顔をして、おれの怪我を全部代わりに引き受けてしまう。
「うん。大貴が痛くなくて、よかったよ」
 心から嬉しそうな顔で言うと、頭を撫でた。やわらかくてあたたかな手のひらは、泣きたくなるほどやさしくて、どういう顔をしたらいいんだろう。嬉しいのは本当で、だけど同じくらいに胸が詰まる。こんな風に大事にしてもらえて嬉しくて、大切だと思ってもらえることが幸せで、だけどそれだけじゃなかった。それだけで済ませてしまうわけにはいかなかった。
「千歳くん」
 名前を呼んだら、視線でどうしたのか、と尋ねられる。千歳くんはとてもやさしくて、いつだってこんな風におれのことを気にかけてくれている。いつだって、宝物みたいに扱ってくれる。
「どうして、おれを助けてくれたんですか」
 いつだって当たり前みたいにそうしてくれるけど、今回みたいに助けてくれるけど。どうしてそんな風にしてくれるのか、おれにはよくわからなかった。だから聞いたけど、千歳くんは一瞬だけ呆気に取られたような顔をして、だけどすぐに笑みを広げた。やわやわと光がにじむような、まぶしくなるような笑み。
「そんなの、大貴が大切だからだよ」
 大貴がここにいてくれて、嬉しい。こうして出会えて嬉しい。大貴が大貴でいてくれて、どうしようもないほど幸せだからだよ――。一つだってよどみのない答えは、たぶん本当なんだろうと思う。千歳くんは心から思ってくれていて、おれには疑う余地もない。だから全部丸ごと、そうなんだって受け入れられる。だけど、同じくらいに思っている。
「千歳くんは、だから」
 うわ言のように言葉が落ちる。そんな風に大切にしてくれて、大事に思ってくれて、おれがおれであることを喜んでくれる。嘘偽りなく、心から思ってくれている。だから、だから千歳くんは。
「自分が傷ついても、いいんですか」
 おれが傷つくくらいなら自分で痛みを引き受けてしまう。躊躇いなんてなかった。千歳くんにとってそれはとても自然なことなんだ。呼吸をするみたいに、体が動くんだ。目の前で見ていたからわかる。千歳くんとずっと一緒にいたからわかる。
「…嫌だった?」
 初めて顔を曇らせて、千歳くんが言う。迷惑だったろうか、なんて考えているみたいだから慌てて首を振った。「嫌じゃない」
「嫌じゃないけど、だけど、とても悲しいです」
 千歳くんは俺の言葉に、わずかに首をかしげた。その目がどうして、と問いかけている。大事な人を守れないことの方が、みすみす傷つけてしまう方が、よっぽど悲しいじゃないか。そんな風に言っているから、もう一度首を振った。違うんです、そうじゃないんです、千歳くん。
「簡単に犠牲になろうとしてしまうことが、悲しいです」
 当たり前のように自分の身を投げ出せる人だ。自分が傷つくよりも、守ることが出来ないことが怖い人だ。たから簡単に、自分の体すら差し出してしまう。それはもしかしたら強さなのかもしれなかった。躊躇いなく自分自身を捧げることが出来るのは。掛け替えのない資質なのかもしれなかった。だけど。
「千歳くんが傷ついたら、おれは悲しいです」
 誰かを守るためなら、恐れることなく身を投げ出せるのはたぶん強さなのだろう。だけれど、躊躇いなく傷を引き受けてしまうその強さが悲しい。同じくらい自分自身を大切に出来ないことが、悲しくてならない。それはたぶんおれだけじゃなくて、千歳くんの大事な人たちはみんな思っている。時々とても悲しくなってしまう。だからきっと、千歳くんの強さは同じくらいの弱さでもあるのだと思う。