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Note No.6

小説置場

冬日夜話

 ぐるぐるに巻いたマフラーに埋もれるような格好で、大貴は境内を歩いていた。辺りは溢れるような人だかりで、目的の人物を探すことは中々に難しい。それでも諦めて帰ってしまうわけには行かなかったし、どこにいるか検討がつかないわけでもなかった。大貴はひとまず、人の波に逆らいながら人気のない場所を探し歩いた。
 どれくらい歩いたのか、境内の裏手にやって来た時だ。本堂の後ろ側、森が始まる手前のような場所に、まばらな木と共にたたずむ人影を発見した。注意深く観察しながら近づいていくと、気配に気づいたらしくゆっくりと振り向く。
「栄介さん」
 それが探し求めていた人物であることを認めて、ほっと息を吐きながら駆け寄った。当の栄介は、表情の読めない独特の笑みを浮かべて大貴を迎える。
「これはまあ、随分と埋もれちゃって」
「寒いからって」
「亜伊は今日も過保護だねぇ」
 誰にかけられたのかは言っていないにも関わらず、確信を持った口調で肩をすくめた。間違ってはいないので、大貴は何も言わないでおいた。
「あの、栄介さん。みんな、待ってます」
 元々栄介を探しに境内を歩いていたのは、ふと気づいたらいなくなってしまっていたからだ。もっとも、これが秀人や史哉だったりすればすわ迷子か、と大騒ぎになるのだけれど、栄介である。何か用事でもあったのだろうと、特に気にはしていなかったのだけれど。
「ええと、用事があるならいいんですけど…」
 もしかしたらまだ用があったのかな、と思いつつそんなことを口にする。栄介がいないことに関しては、それぞれまあ栄介さんだし大丈夫だろう、というわけで特に気にしていないように見えた。だけれど、数分ならばともかく、かれこれ一時間近く行方不明である。さすがに悟一が「どうしたんでしょうね」と言い出し、大貴が探して来る、と言ったのだ。
「ああ、ごめんね。大丈夫、特に用事はないから」
 朗らかに笑いながら、それじゃあ行こうか、と続ける。果たして元々用事なんてなかったのか、それとも単に用事は済んだのだろうか。いまいち判然としないものの、栄介が歩き出したものだから、釣られたように大貴も足を進めた。
「それにしても。大貴が来るとは思わなかったなぁ」
「ええと、あの、それは、おれが行きたいからって」
「まあ、史哉と秀人はないかな、とは思ってたんだけど。よくお許しが出たね」
 迷子になりそうな二人は論外だけれど、最年少の大貴が一人で行くことをよく許したね、という意味なのはわかった。確かに、亜伊や悟一は特に大貴に関しては過保護になるのだから、自分たちが行くと言い張りかねない。
「亜伊さんは、甘酒作る手伝いしてるから」
「ああ、そうか」
 ぽつりと答えれば、たった今思い出した、という顔で栄介が相槌を打った。元々、亜伊が甘酒作りを手伝うという話を聞いて、それなら除夜の鐘もその寺へ聞きに行こう、という話で今こうしてここにいる。栄介さんが忘れてるわけないけど、と思いつつ大貴は言葉をつなぐ。栄介さんのことだから、おれが話し易いようにしてくれるのかもしれない。
「だから、離れられなくて。そしたら悟一くんが行きましょうかって、言ってくれたけど」
 いつだってそうして、気にかけてくれる。それが嫌だというわけじゃないけど、だけどそれだけじゃ嫌だと思ったのも本当だ。
「でも、悟一くん人混みあんまり好きじゃないし」
 一人静かに本を読んだり星を見たりするのが好きな人だと知っている。どちらかと言えば、人混みに身を投じることなんて避けたいと思っているだろうことは、よくわかっていた。
「だから、おれが行くって、言いました」
 いつも助けられてばっかりだったから、力になりたかった。嫌なことだって引き受けたかった。悟一は困惑していたし、亜伊も眉を上げていたけれど、それでも言い張ったのだ。
「そしたら、史哉さんと千歳くんが、そうしたらいいって。秀人くんも、楽しいよって」
 だからおれが栄介さんを探しに来ました、と続けた。一人で行けるのかって、人混みのなかをたった一人で、きちんと辿り着けるのかって心配されていたけれど、大丈夫だと言いたかった。自分にも出来るんだと、安心させたかったのだ。
「うん、ありがとう」
 大貴の決意を読み取ったように、栄介が笑みを浮かべて感謝の言葉を述べる。表情の読めない笑みではなく、ただ純粋に嬉しいと思っているのだと告げるような、真っ直ぐとした微笑だった。
「人混み苦手なのに、来てくれて嬉しいよ」
 にこやかな笑みのままで、大丈夫だったみたいだし、これからは大貴を頼りに出来るね、なんて続くのでくすぐったいようなふわふわした気持ちが満ちていくのが、大貴にはよくわかった。
 人混みが苦手なのは悟一だけではない。というより、悟一はまだ「好きではない」レベルだったけれど、大貴はむしろ苦手だと言ってよかった。誰かと一緒なら問題はないのだけれど、一人だけだと気分が悪くなることもしばしばだ。それを知っているから、亜伊も悟一も大貴を一人で行かせることを渋ったのだ。それわかっているから、やさしい気持ちから止められているんだと知っていた。だけれど、そのままでいるわけにもいかないことも、大貴はきちんと知っていた。だからこその決断を、きちんと受け止めてくれる人たちなのだということも、強く知っていた。
「それじゃあ、早く戻らないと心配してるね」
 くすり、と笑みを浮かべて栄介がつぶやく。亜伊も悟一もきっとやきもきしているよ、と続く声はいたって軽やかだ。少し早くなった歩調に、大貴も小走りで追いついた。
「みんな揃って、除夜の鐘を聞かないとね」
 せっかくこうして一緒にいるんだから。最後の言葉は、夜の空気に溶けて消えていってしまいそうだったけれど、大貴の元まできちんと届いた。だから、力強くうなずく。こうして出会った人たちと、新しい年を迎える。それはきっと、尊くて仕方ないことに違いないと、他の何にも代えがたい喜びなのだと、揺るぎない事実のように知っていた。