読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

In those days---3rd grade

 唯一の三年生を送り出した後だった。
 視聴覚室に帰ってきた理代子と正仁は、先輩のいなくなってしまった部室を眺める。元々人数の多い部活ではなかったから、一人いなくなった所であまり変わらないはずだった。三人が二人になった所で、人口密度が劇的に減るわけでもないし、表面上はほとんど変わらない。
 それでも、一人欠けただけの部屋はやけにがらんとして見えた。
「……ついに引退しちゃったかぁ…」
 ぽつりとこぼしたのは理代子だった。正仁も、眉を下げたままの笑顔でうなずく。
「わかってたつもりだけど、実感湧かないな。明日も来そう」
「うん。明日も『今日はコレ見よー!』とか飛び込んで来るんじゃないかって気がする」
 苦笑を浮かべて、理代子も同意した。
 人数の少ない部活ゆえ、活動は基本的にアットホームな雰囲気で進められていた。尚且つ、先輩は二学年も上だったし、面倒見のいい性格だったため、それはもう可愛がってくれていた。「理代ちゃん」「正仁くん」と男女のわけ隔てなく扱い、可愛い後輩だと言ってはばからなかった。
 二人は何も言わないけれど、お互い先輩のことを考えているのだろう、ということは察せられた。一人が欠けただけなのに、喪失感はそれ以上だ。これから受験に専念するというし、ここを訪れることはもうないのかもしれない。廊下で見かけたら声はかけてくれるだろうけれど、精々それくらいだ。ゆるやかに、つながりは消えていくのだろう。
「……後輩集めなきゃね」
 しんみりした空気を振り払うように、理代子が努めて明るい声で言い放つ。正仁も笑みを浮かべて「そうだな」と同意の言葉をかけた。茶化すような、軽い声音で。
「新部長に頑張ってもらわないと」
「新副部長にも、でしょ」
 一人だけ抜け駆けは禁止です、と大袈裟に言うので正仁も「うん、もちろん。新会計としても頑張るよ」とつけくわえた。理代子が満足そうに笑った。それから、自然な口調で先を続ける。
「ま、ねー。二人しかいないから、役職オンパレードになっちゃうのよ」
「それは仕方ない。俺は部長やらない分、多く引き受けるし」
「おお、さすが蔦江くん。頼りになる」
「いやいや、頼りにならないから部長は名屋じゃん」
「そういえばそんなこと言ってたね」
 新体制へ移行するにあたり、差しあたってどちらが部長をやるか、を決めた。支持率100%で理代子だったのは、全体像を把握しておきたい理代子の性格と、俺じゃ頼りにならないから、という正仁の弁によるものだった。
「でも、後輩集めないとうちの部活人数やばそうだけど」
 このまま新入部員が入らないと、部員数がゼロになって廃部である。自分たちの代で廃部、というのは何だか寝覚めも悪いし、それは避けたい。
「うん。さすがに廃部は嫌だわ」
「というか、人数減っても問題ないんだっけ?」
 漫画や小説で、部員が足りなくて人数集めに奔走してたりするよなぁ、とぼんやり思いながら尋ねた。しかし、理代子はあっさり「平気、平気」とひらひら手を振りながら答えた。
「部活作る時は人数制限あったような気がするけど。作っちゃえばこっちのもんよね。一人だって問題なく活動出来るわよ。…まあ、部費は減るけど。著しく」
「ああ…」
 書類を作る時ちらり、と見たけれど確かに。生徒会から支給される部費はほんのお情けだった。どこかの部活の端数でも間違えて記載されてるんじゃないか、と思ったほどだ。年額で、正仁のお年玉といい勝負だった。
「三人であれだもんなぁ。後輩一人で、しかも部費も微々たるものっていうんじゃ悪いよな」
「よねー。せめて二人は欲しいかなぁ」
 二人いればどうにかなると思うし、というのはやたら実感がこもっていた。理代子はわずかに照れくさそうな顔で「今、切実にそう思うのよ」と続けた。
「一人じゃないし、蔦江くんもいるし。どうにかなるかなって思える」
 これが一人だったら、やる気なんて起きないと思うのよねー、とのんびり言う。正仁はわずかに面食らったけれど、すぐに笑みを広げた。やわらかでおだやかな笑みのまま、ゆっくりと同意の言葉を述べる。
「俺もそう思う」
 唯一の同学年だと言っても女子相手にして、上手く出来るか心配だった。それは恐らく理代子も同じだったろう。異性を相手にしてどう動いたらいいかわからず戸惑ったのだ。だけれど、今やそんな心配は杞憂だったと声を大にして言える。
 理代子は感情的になって動くタイプではなかったし、正仁も粗野な人間ではなかった。互いを尊重して、上手に付き合っていくことが可能だったのだ。だから、二人だけのこの空間の居心地も随分いい。こんな相手に恵まれたのは幸運だと、お互いしみじみと思っている。
「…それじゃあ、頑張りますか」
「だな。まだ時間もあるし、作戦練ろうぜ」
 お互いうなずきあって、新入生が入ってくれることを願う。人数は少なかったけれど、二人にとって部活は楽しい時間だった。そんな時間を後輩にも渡していけたらいいと思っているのだ。
「…あ、でもその前に部活会の資料作らないと行けないのか…」
 ふと気づいたらしい理代子が、顔をしかめた。新体制となった部活動の顔合わせを兼ねた部活会である。大方の部活では、二年生たちで幹部を固めるが、二人の上に先輩はいない。二年生に混じって、一年生が出席しなければならないのだ。幹部出席なので、一人ではない点だけが救いだった。
「先輩たちに混じるのかー…あんまり気が進まないわ…」
 いたたまれない顔をしている理代子に向けて、いたって普通の口調で正仁は言う。「大丈夫だろ、どうにかなるって」の言葉はやけに確信に満ちていた。
「名屋だったら、二年より絶対しっかりしてるから」
 心配することないと思うけど、という正仁は、やわらかでありながらそれはもう力強い笑みを浮かべていた。