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Note No.6

小説置場

In those days

「新入生来ますかねぇ?」
「来ますかねぇ、って来てくれなきゃ困るんだけど」
 藤の言葉に、苦笑しながら答えたのは理代子だ。正仁も穏やかな顔で「そうそう。せめて一人くらいは」とうなずいている。
「一人でも有難いですけど――でもやっぱり、二人くらいは欲しいですよね」
 きっぱりとみちるが言葉を落とす。最悪一人でも廃部にならないことはわかっているけれど、何かと一人では大変だろう。
「…うん。一人じゃつまんないし」
「だよねー」
 信一のつぶやきに、藤が思い切りうなずいた。力強い言葉で「面白い映画見たら、面白いって言いたいよ」と言えば、みちるも大きくうなずいた。
「つっまんない映画見たら愚痴らないとやってらんないし」
「そうそう! 意味わかんないのとか!」
「そう! 時間返せって思う!」
 お互いに意気投合して言い合う様子に、理代子が口を挟む。二人の指す映画に心当たりがあったからだ。
「…この前の映画、何なら解説したげようか。藤ちゃん、みちるちゃん」
 理代子が言うのは、この前の部活動で上映したフランス映画のことだ。理代子の趣味一直線だったので、ほとんど筋などあってないようなものだった。映像は綺麗だけれど、内容はちんぷんかんぷんだった。
「えー…理代子先輩の解説、高度すぎてわかんないですもん…」
 みちるがつぶやくと、藤が思い切り首を上下に振っている。その様子に理代子は、「そんな難しいこと言ってないわよ」と心外そうではあるが、あながち二人の言葉は間違っていない。フランスの文化や歴史まで精通していなければわからないネタも混じっているので、解説されてもよくわからない、という事態も度々あった。
 正仁と信一は、触らぬ神にたたりなし、ということでノーコメントを貫いている。しかし、このままではこちらまで火の粉がふりかかってきそうだ、と判断したらしい。たった今思い出したような顔で、正仁が声をあげる。
「…そろそろ、一年生の集会も終わったかな」
 その言葉に、理代子たち三人も今日の目的を思い出したらしい。正式な入部届けは、部室まで直接一年生が持ってくることになっている。だから、こうして視聴覚室で、やって来るのを待っているのだ。
 部室に集まった五人は、出入り口に視線をやる。あの扉が開いて、一年生がやって来てくれればいい。祈るような気持ちで、無言のまま時間が過ぎていった、その時。かすかに扉が開いて、眼鏡をかけた少年が入ってきた。
「…映画研究部ですか」
 不意に問いかけられて言葉に詰まるものの、真っ先に復活したのは理代子だった。そうです、とうなずいた。少年は唇を結んだまま部屋の中まで入ってくると、紙を一枚手渡した。
「1年5組、宇見です」
「はい、受け取りました。部長の名屋です」
 入部届けを受け取った理代子が言い添えると、隣の正仁が「副部長の蔦江です。これ、部活の簡単な紹介と次の活動について載ってるから」とプリントを渡した。新入部員の宇見は、無言でプリントを受け取ると、軽く礼をして帰っていった。
 ぱたり、と扉が閉じたのを確認してから、数十秒後。ぷはあ、と大きな息を吐いたのは藤だった。信一もほっとしたような顔をしている。みちるもひとまず安心した、という顔である。
「やった、一人目ゲット」
 歌うような調子で藤が言い、隣のみちるとハイタッチを交わす。そんな様子を信一はにこにこと眺めていて、理代子と正仁は入部届けを見ていた。
「…体験入部来てないわよね」
「覚えがないな」
 体験入部にそう多くが来たわけではないから、名前は大体覚えている。その中に、この名前はなかった、と二人は断言出来た。
「ってことは、最初から映研以外入らないつもりだった、て感じかな」
「かなりの映画好きかもな」
 しみじみと先輩二人が言うのを、後輩たち三人は何とはなしに聞いていたのだけれど。藤が口を開いた。
「まあ、でも。うちの部活入るなんて、映画好きか、映画好きか、映画大好きか、映画以外趣味がないか、くらいですよ」
「…別に取り立てて目立たないしね、うち」
「うん…そんな部活あった? って言われるくらいだし…興味なければ目に入らないよね」
 みちると信一まで付け加える。確かに、部活動が強制されていない汐見野高校では、無理に部活へ入る必要がない。そのため、楽そうな部活に人が流れる現象もない。存在さえ忘れられているような映研に入るのは、確かに一定以上の映画好きだろう。
「こらこら、そういうこと言わないの。わかってるけど」
「そうだぞ。人間言わなくても良いことってあるだろ。地味とか」
 たしなめる口ぶりではあったけれど、三人の言い分を認めていることは明白だった。地味で目立たないことなど、全員嫌というほど知っている。派手さを求めているわけではないから、取り立てて改善するつもりもないけれど、埋没しているのは確かだった。
「地味は言ってないじゃないですか」
「蔦江先輩が一番ヒドイこと言ってますよ」
「蔦江くんってそういうタイプだよねー。ねえ、古関くん」
「え! あ、はい、そう、ですね」
「いやいや古関、肯定しないで」
 他愛ないかけあいをしていた所為で、生徒が入ってくることに気づくのが少し遅れた。「すみません」と声をかけられて、五人は扉の前に立つ少女を見た。
 小柄な少女だった。体格はもちろん、顔も小さい。それでいて、目や鼻はこの上ないほどのバランスを保っている。桃色の唇は愛らしく、大きな瞳には睫毛が彩りを添えている。すっと通った鼻筋も、形のよい眉も、全てが小さな顔の中に行儀よくおさまっている。
「入部届けを出しに来ました」
 楚々とした動作で歩を進め、部屋に入ってくる。つややかな黒髪は、真っ直ぐと伸びている。決して重さを感じさせず、歩くたび、軽やかにさらさらと流れている。
「1年6組、柴倉真穂です」
 白い手が入部届けを差し出した。作り物のような滑らかさでありながら、生きた人間の証とも言える血潮を感じさせる手だった。理代子は一瞬それを見つめていたが、すぐに我に返って入部届けを受け取った。
「はい、確かに。私は部長の、名屋です」
 真穂はぺこりと頭を下げるので、他の四名もつられて会釈を返す。正仁が、宇見の時と同様にプリントを差し出せば、真穂は丁寧に紙をしまって帰っていった。
 その背を見送った五人は、たっぷりの沈黙の後息を吐いた。大きく深く、体中の空気を吐き出すように。
「……すっごい美少女なんだけど」
「そういえば1年に綺麗な子いるって聞いたけど! あの子か!」
 みちるがつぶやけば、思い出したように藤が手のひらを打った。正仁は感心したように「本当にああいう子いるんだなー」とつぶやく。
「漫画とかから抜け出してきたみたいですね」
「うん。映画にいてもおかしくないわ」
 しみじみした信一の言葉に、理代子も大きくうなずいた。あれだけの顔立ちを目にする機会はほとんどない。テレビの中の人間でも、あの子より美人はそういないのではないか、と思えた。
 今まで出会ったこともない、絵に描いたような「美少女」の出現である。噂話を直視したような、都市伝説を目の当たりにしたような、そんな感覚が強い。来週からはその美少女が、同じ部員として活動するという現実感は、五人の中にまだない。