Note No.6

小説置場

Kaleidoscope

 きらきらと光り輝くこのネオンを、ずっと昔から見ているような気がする。物心ついた時から、たぶんずっとこの光を知っているのだと思う。長い間、記憶の底でずっと光り続けているんだ。
「―…はあっ」
 指先に息を吐きかけて、ごしごしとこすった。最近では随分と肌寒くなってきたから、やっぱりずっと外にいるのは辛い。もう少ししたら、屋内にいないと厳しくなるんだけど――最近は、補導の人が増えたから困ってしまう。去年は何軒かのコンビニを梯子してたけど、今年もそれでどうにかなるんだろうか。随分お世話になっていた無人の貸しビルは、マッサージのお店が入っちゃったし。
 特別意識していたわけじゃないけど、気がつけばこの辺りの店の推移には随分詳しくなったと思う。必然的にそうならざるを得なかっただけで、どんな有意義な理由も見当たらないけれど。
 夕食として買ってきた肉まんを頬張りつつ、ぼんやりと視線を彷徨わせる。非常階段から眺めると、ささやかではあるもののはっきりとしたネオンがよく見える。やはり、高い所からだと周囲を見渡すことが出来るみたいだ。
 今おれがいるのは、五時に営業を終える事務所のビルの非常階段だ。時間的に丁度いいから、外へいられる季節の内はとても重宝している。ずっとここに入っていてほしいと、切実に思う。
「――はあっ…」
 指先に息を吐くけど、何だか溜め息のようでもあった。間違ってはいないのだろう。
 五時になると、暖簾を出して外に出ている看板のスイッチを入れる。それがつまり、開店の合図なのだ。最近ではそれなりにお客さんも入っているし、常連さんだっている。店に出す分を仕込むのに忙しくて、夕食まで手が回らないのも理解出来る。だから「今日の分はこれでお願いね」と、お金を渡されることも納得している。こうやって余分なお金を出せるようになったんだし、むしろ喜ばしいことなのかも。
 だから寂しいわけではないんだと、思う。一緒にご飯を食べられたらいいな、と思わないわけじゃないし、たまには料理を作ってくれたら嬉しい。だけどたぶん、そういうことじゃないんだ。
 きらきら。夜になると、いっそう美しくネオンが輝く。毒々しいと言い切れるほど派手ではなく、それぞれが精一杯に光っているような、どこか素朴なネオンの群れ。気づいた時からずっと見てきた。この中を歩き回って、目に焼き付けてきた。
 五時になって、店を開けるのとほとんど入れ違いにして、外へ出てくる。理由は簡単で、おれは店に来るお客さんが苦手だった。母さんを目当てにやって来るのも嫌だったし、酔った人の傍にいるのも嫌だった。お酒くさいだとか絡まれるだとかも、あんまり好きじゃないけど(何かと名前を呼ばれて、あれを持って来てだとか一曲歌ってとか言われるのも困る)、単純に怖かったから。突然呼びつけられたり、怒鳴られたり、なのに次の瞬間には猫撫で声になったりする。同じ人のはずなのに、全然違う顔を見せる人たちが、おれは怖くて仕方がなかった。
 光の群れに目をやる。こうしないと、おれの心はすぐに思い出してしまう。あの頃に戻って、あの頃の記憶だけで何もかもがふさがれてしまう。そうしたら、どうしたらいいかわからなくなる。
 端切れのように思い出すのは、入れ替わり立ち代わりやって来た男の人たち。顔なんて全然覚えてないけど、全員共通していたのは、母さんの前とおれの前だと全然態度が違うってこと。母さんの前ではやさしい顔をしているのに、二人きりになると突然不機嫌になる。それだけならいいけど、鬱憤を晴らすみたいに殴られることもあった。お酒が入るともっとひどくて、どうしたらいいかわからなかった。
 飛び散る赤。焼けるような痛み。いつまで経ってもおれの心は忘れてくれなくて、時々思い出してしまうから、散らしてしまおうとネオンに視線をやった。きらきらと、色とりどりの光が見える。たった一度だけ行った、遊園地みたいだな。母さんと、何人目かの男の人と一緒だった。全部が光っていて、夢みたいだった。
「――……」
 肉まんも食べ終えてしまったので、コンビニの袋から漫画を取り出した。夕食代を浮かせた分で買った新刊で、決して諦めない主人公が困難に立ち向かう話がとても好きだった。在り来たりでもベタでもいいから、胸がすくような物語がいい。舞台となるのは遠い宇宙で、全然違う場所なのも良かった。こんな場所に生まれたら――と他愛ない想像が出来るから。
 巻かれた帯を何の気なしに読むと、映画化決定! の文字。そういえば、やっと長編アニメになるんだっけ、と思った。見に行けるかわからないけど、DVDくらいなら買えるかな。そしたら部活で上映してほしいって、言ってみようかな。
 思い出すのは、高校の映研メンバーの顔。みんなとてもいい人たちで、学校の中でほっと出来る場所があるのは有難かった。部活のある日は遅くまで居残れるし。先輩たちは頼りになってやさしいし、同じ学年の二人は気さくでとても心安い。そういう人たちがいてよかった。いてくれてよかった。
 たぶんおれは、そういうものたちのおかげでぎりぎり毎日をつないでいるんだと思う。きらきらとした、美しいものをどうにか周りで見つけたから、こうしてここにいるんだろう。きらきら、光り輝くものたちのおかげで。