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Note No.6

小説置場

Housework

 帰ってきた私を見て、開口一番「げ、姉ちゃん」とか言ったので蹴りを入れておいた。まったく、人の顔を見て最初に言うことがそれか。
「ヒデエ。暴力反対」
「何回言っても制服脱ぎ散らかすようなやつに言われたくない」
 脱皮した後のようになっている制服を拾ってハンガーにかけつつ答えた。櫂兄ちゃんはそうやって甘やかすのがいけないって言うけど、だってこれ最終的にアイロンかけるの私か櫂兄ちゃんだし。
「いくら言っても聞かないヤツには、力で教えるしかないでしょ」
 猿以下っていうか、猿に申し訳ない。いくら言っても直らないし、恐らく猿の方が物覚えはいいだろう。
「樟は?」
「何か友達の所行った」
 一番下の弟の姿が見当たらなくて尋ねれば、ちょっと心もとない答えが返ってきた。せめてどこの友達の所へ行ったのかを聞いておいてほしい。
「っていうか、試験勉強しなくいいわけ? 今試験中でしょ」
 中学生の弟がこの時間に家にいるのは、試験期間中のため部活動が停止中だからだ。そうでなかったら、この時間はまだ学校にいる時刻だし。格はひらひらと手を振って、「平均点くらい取れるから平気」と答えた。
「姉ちゃんの試験問題もあるし、椋兄のもあるしオッケー」
「あー…、格ってどこかぶってるんだっけ?」
「姉ちゃんとは理科と英語、椋兄は社会」
 全員同じ公立中学校へ通っていたので、微妙に先生がかぶっていることがある。特に私と格は丁度学年的に入れ違いなので、先生もほとんど同じ。試験の傾向も大して変わらないので、大体の出題傾向も予想がつくのだ。まあ、上に四人もいればこうなるってものだろう。
「じゃあ、ちょっと買い物行って来てよ」
「あ、俺勉強しないと」
「いやいや、さすがに無理がある」
 逃げ出そうとする格の首根っこを捕まえた。こうやって手伝いから逃亡しようとするので、中学生って質が悪い。小学生なら素直に言うこと聞くし、大学生になると諦めもつくのに。いや私も逃げてましたけど。どうにかして逃れられないものかと考えてましたけど。
「まあ? 私はべつにいいんだけど、槙兄ちゃんの料理三日目でも?」
 にやにやと笑みを浮かべて言えば、そうだった! という表情へ変わっていく。恐らく、この三日間代わり映えしない料理が食卓に並べられた光景を思い出しているのだろう。
「せめてカツとか唐揚げとかをトッピングしたいって言ってたの、誰だっけ?」
「俺です」
 大人しくなったので、掴んでいた首根っこを離した。その隙に、買い置きしておきたいものをつらつらと思い出し、メモ帳に書き付ける。ついでにこれくらい買ってきてもらっても罰は当たらないはず。
「つーか、姉ちゃん何で平気なわけ。俺と樟は給食あるからいいけど、姉ちゃん弁当じゃん」
 リアル三食同じだろ、と言われた。確かにそこは否定しないけど、別に残り物だけで占めている訳じゃない。自分で料理だって作れるから、適当に違うものだって詰めているのだ。
「ってか、槙兄ってどうなってんの? どうしてもルー使わないといけない病気なの?」
 しみじみとした感じで言うのは、槙兄ちゃんが料理当番に当たると出て来るメニューが必ず同じ、ということ。基本的にカレーかビーフシチューかハヤシライスかクリームシチューしか作らないのだ。最近では、プラスして煮物をつけることを覚えた。でも、大体いつも筑前煮。
「まー、ちゃんと作るだけ偉いよね!」
「自分でも食ったらもっと偉いけどな」
 大量のルーを消費して食事を作り置いてくれる槙兄ちゃんだけど、本人は彼女の家に入り浸ってばかりだ。絶対いいもの食べてる、と全員思っている。こっちが同じ献立の日も、槙兄ちゃんは別のもの食べていると思う。
「何なんだよ。槙兄ズルイだろ!」
「兄なんて大概ズルイものですよ」
 というか理不尽だと思う。しみじみ言ったら、格も格で「まあ…先に生まれたヤツラは大体ずるいよな」とか言っている。そこには私が含まれている気がしないでもないけど、というか絶対に含まれてるけど無視した。
「じゃあこれ買ってきてね、よろしく!」
 ぴしり、とメモをつきつける。格はちらりと目を通してから、「これだけで足りんの?」と聞いてくる。確かに、全員分にしては少ない量だろう。
「うん。櫂兄ちゃんは今日残業だって言ってたし、どうせ槙兄ちゃんは帰って来ないし、椋兄ちゃんはサークル飲みだって」
 長男・次男・三男が夕食には帰らないのだ。今日の食事は三人だけになるんだから、大量の材料は必要ない。それがわかっているので、少しくらいは手を出してもいいかな、と思っている。本当なら私の当番じゃないし、台所に立つ必要は全然ないんだけど。
「だから、焼肉くらいはつけてあげるよ。たんと食うがいい」
「マジで! 姉ちゃんありがとう!」
 焼肉という単語を出した途端、目を輝かせる。カレーに焼肉ってどうなんだ、と思うけど喜んでるからいいだろう。明日のおかずになるし。樟だって小学生のわりにはよく食べるから、何だかんだでぺろりと平らげてしまうと思う。
「あ、高い肉は買わなくていいから」
「当然だろ! 安い肉大量に買ってくる!」
 嬉々として部屋を出て行くので、経済観念だけはしっかり育ったなよな、と思いつつ背中を見送る。私は冷蔵庫を点検して、ついでにつけ合わせに何を作ろうかなぁ、などと考えていた。