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Note No.6

小説置場

Visitor

「エキストラ・スター」

 みちるちゃん、とやわらかな声で話しかけられる。甘えのような、おねだりのような、そういう声音で何を求めているかはわかるので、無視した。しかし、ものすごく諦めが悪くて決してめげないことを私はよく知っている。何せ、17年間一緒にいる訳で。
「ねえ、みちるちゃん、こっちの洋服にしようよ」
「だから、制服でいいって言ってるじゃん」
 きっぱりと拒否。どうせこれくらいじゃへこたれないんだし、むしろもっと強く言ってもいいくらだろう。案の定、全然ダメージを受けた様子もなく「だってこっちの方が可愛いと思う!」などと力説している。
「嫌だってば。私そういうの趣味じゃないんだから」
 言って、抱えられている洋服へ目を向ける。小学生の頃のような、ひらひらレースでピンクのリボンがいっぱい、というのはさすがに卒業したけれど、ふんわりしたシルエットのシフォンワンピースなんていういかにも女の子! という服は私の趣味じゃない。スカートが嫌とかいうわけじゃなくて、私はもっとすっきりしたものが好みなのだ。
「ええー。でも、みちるなら絶対似合うのに」
 そういう問題じゃない。似合うかどうかじゃなくて、私が好きか嫌いかという話をしているというのだ。でも、それを指摘した所で意味なんてないから、とりあえずお礼を言っておく。
「うん、似合うって思ってくれるのは有難いよ。スカートはきたくないわけじゃないし」
 そう言えば、ぱああっと顔を輝かせるので。釘を刺す、という意味合いも含めて「だけど!」と強い声で先を続ける。どうせ応えたりしないんだけど、はっきりきっぱり主張だけはしておかないといけない。
「私はこれがいいの。制服がいいの、オッケー?」
「ええー…」
 たらたらと不満げな顔を隠しもしない。いくら小柄だとは言っても、そろそろいい年なんだからむくれたって可愛くない。どう贔屓目に見たって、30代であることは覆らないのだ。
「それに、箕島のおじさんだって高校入ってから会ってないし。制服姿見せたら喜ぶって、お父さんも言ってたじゃん」
 決定的な一言を告げると、渋々といった感じで「そうだけど…」とこぼした。未だに納得しきったわけじゃないみたいだけど、とりあえず自分の手元のワンピースへ視線を落とす。「可愛いんだけどなぁ」というつぶやきは、本日出番がないことを察したからだろう。
「でも、いつか着てよ!」
 ばっと顔を上げて言うので、「はいはい」とうなずいておく。その「いつか」が何十年後、もしかしたら死ぬまで来ないかもしれないけど、まあそこは黙っておこう。
「そろそろ来るかな」
「10分の電車だって言ってたし、もう来る頃じゃない?」
 尋ねると、リビングの時計を確認してから答えた。駅まではお父さんが迎えに行っているから、迷うこともないはずだ。ということはもう来ることだろう。遅刻は絶対あり得ないから。
 そんなことを思っていたら、玄関のチャイムが鳴った。お母さんがドアホンに向かうと、「どうぞー」と朗らかに答える。間違いない。小走りで玄関に向かい、ドアを開ける。すると、門からやって来るのはお父さんに促された箕島のおじさんだ。
「お久しぶりです」
 サンダルを履いて表へ出る。途端におじさんは、いかつい顔を崩して笑顔になった。「おお、みちるちゃん」と、低音のいい声で名前を呼ぶ。
「さあ、中へどうぞ」
 お父さんが先を促し、おじさんを中へ入れる。お母さんが楽しそうな声で「いらっしゃい」なんて言っていて、お父さんは「みちるも」と言って背中を押した。家へ入ったのを確認して、周囲を見渡してからぱたりと玄関の扉を閉じる。よくは見なかったけど、周りで見張っている人がいるんだろう。
 お父さんが来るのを待ってからリビングへ戻ると、ソファをすすめられたおじさんがどっかりと座っていた。お母さんに出されたお茶を、美味しそうに飲んでいる。
「お前たちも元気そうで何よりだ」
 おじさんはそう言って、お父さんとお母さんへ視線を向ける。強いまなざしは、これから何かしらの勝負でも始めるような趣きさえある。だけどすぐにそれを崩すと、こちらへ視線を向ける。あたたかくてやわらかで、ずっと小さい頃に高い高いとかしてもらった時みたいな感覚。
「みちるちゃんも、もう高校生か。どうだ、学校は楽しいか?」
 ん? と目尻を下げて尋ねるので、「はい」とうなずいた。嘘じゃないし、次はいつ会えるかわからないから心配はかけないようにしないと。
「部活もやってるし、楽しいです」
「それは良かった。汐見野には血の気の多いやつもいるが、どうだ? いじめられたりしてないか?」
「あはは、大丈夫ですよ。私目立たないし」
 何でもない一般人を相手にするほど、ヤンキーも暇じゃない。色々と派閥争いらしきものもあるみたいで、無害な一生徒を構っている余裕があるなら、敵を潰すことに全力を傾けるだろう。しかしおじさんは、心もとないような、不安げな顔で口を開いた。
「だが――この二人のことがバレたらどうするんだ」
 この二人、というのはうちの両親のことだ。二人とも気まずそうな、何とも言えない顔を浮かべている。一応「そんなヘマしませんよ」とか「善良な一市民じゃないですか」とか言ってるけど。
「一定の年齢で、この二人を知らんやつはいないからな。気をつけるんだぞ、みちるちゃん」
 真剣な顔で告げられた忠告の言葉に、心からうなずいた。元から気をつけてはいたけど、おじさんの言葉を強く心に刻みつける。そうだ、決してばれたりなんかしてはいけない。
「はい。それはもう細心の注意を払っています」
 おじさんは私の言葉に、「さすがみちるちゃんだ」とつぶやく。そうだ、絶対に知られちゃいけない。今まで平穏無事な学校生活を送ってきたんだし、これからもそれを守らなくちゃ。バレてしまったら面倒が増えるし、大体要らない詮索だってされてしまう。別に恥ずかしいとか嫌だとか思ってるわけじゃないんだし、痛くない腹を探られるのは勘弁なのだ。
 だからみんな秘密にしておかないといけない。事情をよく知らない人たちはきっと、無闇に怖がるだけだから。やさしい顔で笑うことも、いつも気にかけてくれることも、あったかい掌で頭を撫でててくれることも、知らずに偏見で語るに違いないから。だから私は秘密を守らないといけないのだ。両親が元ヤンで、その筋では超有名人だとか、目の前のおじさんが次期組長候補の若頭だとかそういうことは全部。