Note No.6

小説置場

Delivery service

 焦った声で電話があった。何でも、バイトで使うバンダナを洗濯したまま家に置いてきて、持って行くのを忘れてしまったらしい。いつもなら予備があるんだけど、今日は一斉にクリーニングに出してしまった後とかで、一枚もないのだと言う。心底困った様子だし、やることもなく暇だったので、バイト先まで届けてあげることにした。
 お姉ちゃんが働いているのは、一駅先の駅ナカのケーキ屋さんだ。頭に巻いているバンダナがないと、店頭には立てないらしい。大変だなぁ、と思いつつ自転車を走らせた。ついでに、駅ナカのCD屋さんへ寄ってDVDでも見てこよう、と思いつつ。
 指定されたのは従業員用入り口の所。場所は何となく知っていたけど、実際に来たことがあるわけじゃないから少し戸惑った。でも、扉の前にはお姉ちゃんがいて手を振ってくれていたので、迷わずに済んだ。
「真穂! ごめーん! ありがとう!」
 制服に身を包んで、後はバンダナを巻くだけ、という状態のお姉ちゃんが手を合わせてそんなことを言う。暇だったから別にいいよ、と答えるけどお姉ちゃんはそんな訳にいかない、という顔だ。
「好きなだけうちの店の商品食べていいよ、奢るから」
「いいよ。わたし別に、甘いもの好きじゃないから」
 嫌いというわけじゃないし、それなりには食べる方だけど。お姉ちゃんに比べたらほとんど食べないと言っていいと思う。というか、お姉ちゃんが甘いもの好きすぎるのだ。
「ホントに真穂ってギャップだらけだよねー。その外見なんだから、もうちょっと甘いもの大好き路線で行ったらいいのに」
「嫌だ」
 間髪いれずに拒否すると、お姉ちゃんがけらけらと笑った。わかってたけど! と言ってるし、たぶんからかってるんだろうと思う。
「うん、でもわざわざ来てもらって有難かったから。うちの店の何か、一つくらい食べていってよ」
 一つなら真穂も平気でしょ? と言う通り、人並みに甘いものは食べるのでうなずいた。何にしようかな、最近正統派のショートケーキ食べてないし、何か久しぶりに食べたくなってきたな…。
「じゃあ、適当に選んでおくね」
「オッケー。別に何個でもいいよ。わざわざ来てもらったし」
「別にそこまで手間じゃないよ。帰りにDVD見てくから」
 答えたら、お姉ちゃんがわかりやすく顔をしかめた。恐らく、わたしが見て帰ろうとしているDVDを想像したからだ。
「また何か気持ち悪いヤツ? 真穂の部屋、怖くて入れないんだけど」
「今日は普通のホラーだよ。血とかは出ないから」
 とか言いつつも、お姉ちゃんが言いたいのはそういうことじゃないんだろうな、とも思う。わたしの部屋はそこまで奇抜ってわけじゃないけど、骸骨の置物とかスプラッタ系のポスターが貼ってあるので、一部で異彩を放っているという自覚はあるのだ。
「どうせならゴシック系に転べばいいのに。何で血みどろ内臓ぐっちゃぐっちゃなのよ…」
「そんなこと言われても」
 真穂ならゴスロリだろうとゴシックだろうと何だって似合うんだから、と言うけどそこまでファッションに興味がない。身だしなみ程度には気をつけるし、清潔な方が好きだから、ある程度は気にするけどそれくらいだ。今日だって、ジーンズにパーカーだし。そんなことを思っていたら、重そうな扉がゆっくりと開いた。
「柴倉さん、ちょっといい?」
 お姉ちゃんと同じ制服を着た人が顔をのぞかせて、そう声をかける。呼ばれた名前に思わず反応してそちらを見てしまったけど、よく考えなくたって用があるのはお姉ちゃんであってわたしではなかった。その人は、まじまじとこちらを見つめてから口を開いた。
「え、柴倉さん誰この子」
「妹ですよ。バンダナ届けてもらったんです」
 忘れたって言ったじゃないですか、と続けてもあまり耳には入っていないようだ。顔から視線が外れないので、唇を結んで黙っている。
「すっごい美少女じゃない! 柴倉さんも可愛いと思ってたけど、何これ美少女姉妹なの? うわー、目の保養」
 きらきらと輝きを乗せて言い切る。お姉ちゃんは如才なく、「わあ、ありがとうございますー」なんて言ってるけど、わたしは黙ったまま頭を下げるに留める。こういう時は愛想でも笑っておいた方がいいんだろうな、と思わないこともないんだけど。
「うちの広告に使いたいくらいだわー…。妹さん、うちでバイトしない?」
 二人でシフト入ってくれたら、確実にお客さん増えると思うんだけど、という顔は冗談交じりだったけど真剣だった。想像しただけで嫌になるし、売り子だなんてとんでもない。無言で首を振った。その人はちょっとだけ残念そうな顔をしたけど、そもそもの目的を思い出したらしい。今日のシフトに入っていた内の一人が来られなくなったので、代わりに別の人が入るとかそういう連絡事項を伝えている。
「じゃあ、もしバイトしたくなったらいつでも来てね」
 最後にそれだけ言うと、扉の奥へ引っ込んだ。何となくその様子を見送っていたけど、お姉ちゃんが真剣な顔でこちらを見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「真穂、すぐ帰った方がいいよ」
 ああもう時間なのかな、と思ったのだけど。お姉ちゃんはそれもあるけど、と前置きをしてから答えた。さっき連絡をしていた、代わりに来るという人の名前を持ち出して、きっぱりと。
「あれ、真穂の中学の先輩だと思う」
 年齢的にもぴったりだし、住所もうちの方だったし。告げられた言葉に、思わず顔が歪んだのがわかった。お姉ちゃんはそれを認めて「だから早く帰った方がいいってこと」と続ける。どうやら、バイトはここからやって来るらしい。
「うん、わかった。ありがとう」
「ケーキは…何でもいいなら適当に買って帰るけど」
「あ、じゃあショートケーキ。ショートケーキで」
 注文を告げるとオッケー、と指で丸を作った。それを認めてから、自転車を漕ぎ出す。中学の先輩に会うのだけはどうしても避けたいので、自然とペダルを踏む足に力が入る。思い出すのは中学時代のあれこれだ。
 正直頭に浮かべるのさえ嫌なんだけど、仕方なくずるずると引きずり出されてしまう。人並みに愛想良く、普通の人がやるように常識的な対応をしていたつもりだったのに。気づいたら、姫だとか妖精だとか要らないあだ名がつきまとうようになってしまった。それだけでうんざりしてたのに、先輩から告白されるわ、色目を使ったと呼び出されるわ、お断りしたらしたで追いかけられるわ、それがまた気に食わないと陰口を叩かれるわ、と散々だったのだ。
 特に上の学年とは色々あったので、絶対に顔を合わせたくない。ぐいぐいと力を込めてペダルを踏み、全速力で逃げ去った。