Note No.6

小説置場

Fairy song

 持って来られた衣装を見て、真穂が黙り込んでいた。準備した道具が運び込まれている視聴覚室の中、立ち尽くす真穂を見つけた信一は、しばし固まった。特に何をしているというわけではないのだけれど、ただじっと衣装を見ている後輩を前にして、見なかったことにして立ち去るのはいかがなものか。数秒間躊躇ってから、信一は意を決した。
「…柴倉さん」
 どうしたの、という気持ちをこめて名前を呼ぶ。真穂が振り向いて、さらさらとした黒髪が揺れた。
「古関先輩。すみません」
「ああ、ううん。平気だけど…」
 大きな瞳がじっと信一を見つめている。その顔を見つめながら、純然たる事実を確認するように、綺麗な顔だなぁと思った。そういえば、クラスメイトたちがこの、とても綺麗な後輩について何かと話をしていたっけ、とぼんやりと信一は思い出している。あの一年の柴倉さんって天使みたいだよな! 柴倉さんと部活なんてうらやましーっ! だとか何とか。
「何かあった…とか? この衣装、変な所あるのかな」
 信一にはよくわからなかったけれど、女の子の目から見るとおかしな部分でもあるのだろうかと、質問を投げた。真穂は静かに首を振り、「そんなことありません」と答える。
「藤先輩が見つけてくれた洋服ですし、とても可愛いと思います」
「ああ…うん、おれもそう思うよ」
 衣装担当の同学年、小学校からの知り合いである藤は嬉々として全員分の衣装をかき集めていた。中でも目の前の後輩に関しては「飾り甲斐がある」とか言って、やたら色々な所を駆けずり回っていたはずだ。その努力の賜物か、目の前にある衣装はシンプルながら品のあるワンピースである。薄い青色をしていて、裾がふわふわとしている。ゴテゴテとした飾りもなく、安っぽさは見当たらなかった。
「似合うと思うけど…」
 ぼそぼそと言えば、真穂は冷静な声で「ありがとうございます」と返した。喜びは欠片も見当たらず、どちらかといえば無表情に近い。やっぱりこういうことは言われ慣れてるのかな、当たり前なのかな、と余計なことを口にした気分に襲われた。そのまま何とも言えない沈黙が流れるが、視聴覚室の扉が荒々しく開いて静寂は破れる。
「お? 柴ちゃんに古関じゃん、何してんのお前ら」
 積み上げられたダンボールを抱えた僚河が入ってきて、机の上に荷物を置いた。信一は慌てて「丸嶋先輩、すみません」と駆け寄る。
「いんや、別に忙しくはないからいいんだけども。何してんの、キミら」
 衣装なんて囲んじゃって、と続けられるけれど信一には答えようがない。真穂は涼しい顔で「別に何もしてません」と返答した。しかし、僚河も僚河で気にすることなく、思い出した顔で続ける。
「それ、柴ちゃんの衣装? 南ちゃんがすっげ探してたヤツかー、すっげ似合いそう。な、古関!」
「え、はい。そうだと思います」
 先ほども言ったことを念押しされ、うなずいた。真穂はやはり同じような顔で「ありがとうございます」と頭を下げるだけで、やはりそこには嬉しさが見つからない。むしろ、どこか心苦しそうな雰囲気さえある。それを見逃す僚河ではなかった。
「あんれ、何どうしたの。あ、南ちゃんに玩具にされるのが嫌、とか?」
 楽しそうだもんねー、と玩具にされているもう一人の後輩を思い浮かべて尋ねる。軽い声なのは、当の本人である藤には欠片も悪意がないことがわかっているからであり、押しは強いがちゃんと引くべき場所をわきまえているからだと知っているからだ。
「そんなことあるわけないじゃないですか。藤先輩に構ってもらえるんで楽しいですよ」
 わずかに唇を持ち上げて、ほんのりとした笑みを浮かべた真穂が言い切る。精巧に作られた人形に、輝きが添えられたようだった。僚河はじゃあ何なんだ、という顔をして信一も内心で首をかしげていた。それなら、どうしてあんな風にじっと立ち尽くしていたのだろう。
「……あ、似合うから嫌って感じ?」
 ぽん、と手を打った僚河が声を発する。途端に、真穂が思いきり顔を歪めた。綺麗な顔が一気に凶悪になり、僚河の答えが正しかったことを告げている。しかし、信一にはその意味がまるでわからない。困った顔で二人を見つめていると、そんな信一の様子をまるで気にせず僚河が口を開いた。
「そかそか、幡ちゃんにちょっと聞いたけど、大変だったんだって。中学」
「何でそういうことは聞いてるんですか。興味ないことはぜんぜん知らないくせに」
 刺々しく吐き出されるが、僚河にはまるで堪えた様子がない。肩をすくめて、だって面白そうじゃん、と言い切った。真穂はありったけの苦い顔をかき集めた、といった風体で唇を尖らせて続ける。
「別に、人並みに対応してただけです。断るのも波風が立つし」
 ぶつくさと並べられる言葉に、信一も大体の事情を理解した。どうやら、学校行事などで真穂はよくこういった衣装を頼まれて着ていたらしい。姫だとか妖精だとか天使だとか、そういうものを連想させるような。そして、真穂のことだ。違和感なく、それどころかあつらえたように着こなしてしまったのだ。
「男子は過熱して写真が超高額で売られるとかストーカー騒動、女子には目をつけられてハブにされたり陰口叩かれたりとか、そら嫌だわな」
 からからと、明るい笑い声で僚河は言う。信一は信一で、心から僚河の言葉に納得していた。それは当然嫌にもなるだろう。恐らく、真穂はその頃のことを思い出して複雑な気持ちに駆られて、衣装を見ていたのだろうと察せられた。
「ま、でもその辺は上手くやるんじゃん? 天下の部長サマが」
「ええ。先輩たちのことは信用してるので、心配はしてません」
 きっぱりと真穂が答えた。真っ直ぐ注がれた視線は、何よりも強く物語っていた。確かに僚河の言う通り、部長の理代子は何らかの手を打つだろうけれど、真穂が言うのはそれだけではなかった。例えば目の前にいる二人の先輩、それ以外や同学年たちも含んでいるのだとわかった。真っ直ぐと、いたって当たり前に信じているのだと、その瞳が告げていた。