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Note No.6

小説置場

Starduster---stand by

「エキストラ・スター」

「うわーやっぱり丸嶋先輩の後って緊張するよー…」
 舞台袖からステージを見ていた信一は、思わずこぼした。目の前ではスポットライトを浴びた僚河が、それはもう堂々とマイクを握って歌い上げているのだ。歌の上手さももちろんあるけれど、何というか一番ステージ栄えする人間だということは、映研部員の誰もが知っている。臆する素振りなど欠片も見せず、たくさんの人の視線を受け止めて輝くように歌いきる。僚河本人の持つ、洒落た空気がステージ全体に滲み出ている気すらしてきて、信一はますます大きく溜め息を吐く。
 歌うことは好きだし、部活の人やクラスメイトたちも褒めてくれるし、嫌というわけではない。それでも、やはり天性のアイドルとしての資質でも持っているんじゃないか、という僚河の後というのはいささか気後れする。
「やっぱ自信なくす…」
「何言ってんの、古関くん」
 思わず泣き言を漏らすと、後ろから声がかかった。返事があるとは思っていなかったので、心臓が勢いよく飛び出しそうだった。胸を抑えつつ、信一は振り返る。
「古関くんに自信なくされたら、私の立場がないんだけど」
 声の主は、同じく映研部員であり、何だかんだで小学校から知り合いの藤だった。ダンボールを持ったままで「私より上手いくせにー」とおどけるように笑った。
「南澤さん…」
 思わず苦笑のような、泣き顔のような曖昧な笑みを浮かべる。少なくとも彼女自身はそこまで歌いたいと思っていないけれど、それでもちゃんと協力していることを知っているので、文句は止めようと思う。
「もー、古関くんの歌の上手さはみんな知ってるんだから。自信持って行ってきなよ。あ、やっぱりネクタイ青のがいいかも。ちょっと取って」
 ダンボールからネクタイを取り出して渡すので、締め直す。しかし慣れていないものだから、上手く出来ず曲がってしまう。どうしよう、と思ったけれど藤は呑気に「やっぱり青のがいいよね」とか言っている。
「ちょっと曲がってるけど。ま、いっか。別にいいよね」
 口癖でもある「ま、いっか」を繰り出すと、満面の笑みでばしばし背中を叩いた。「じゃあ頑張ってね!」という顔は心底楽しそうだ。
「これから、宇見くんに服着せに行くんだー。ふっふ、色々めかしこんでやろうっと」
 鼻歌を歌いながらの台詞に、信一は後輩の顔を思い浮かべる。真面目で気が強い後輩だけれど、このテンションの藤に勝てるはずがない。なすがままにされているのだろうということは想像に難くない。藤は嬉々として衣装係を買って出て、それぞれに思い思いの服を着させて楽しんでいる。
「南澤さん、楽しそうだね」
「そりゃあもう!」
 しみじみ言ったら、鼻息荒く返事があった。予想通りだったので、信一はふにゃりと笑う。自分の出番の前、死にそうな顔をしていた彼女とは別人のようだ。
「何せ自分の分はもう終わっちゃったし! これで心置きなくみんなを着せ替え出来るし!」
「ああうん、緊張するもんね」
「まあ段々その緊張も快感に変わりますが!」
「うん、それはないよー」
 斜め上をかっ飛んでいく藤の台詞に、やわらかく返す。生憎と信一には藤と同じような性癖はないので、追い詰められても快感に変わることはないのだ。
「えー。結構楽しいよ? 嫌で嫌でたまらなくて、臨界点突破した瞬間とか」
 言い募るけれど、信一は曖昧なままで流した。映研部員の中でも、信一は否定しないやさしさを持ち合わせている人間だった。
「まあでも、ほら。丸嶋先輩は特殊っていうか。あれ真似出来る人ってそうそういないから」
 気にすることないよ、と示す先では僚河がステージ上を所狭しと動き回っている。それでもあくまでスタイリッシュなのだから、さすがだと信一は思った。
「古関くんには古関くんのいい所があるんだし。ちゃんと歌いきれば充分だと思うよ」
「…ありがとう」
 大雑把で適当な彼女だけれど、その実他人の感情や気持ちには敏感だ。だからきっと、すくいとってくれたのだろうと思う。少しだけ照れくさくて、手持ち無沙汰な気分でネクタイをいじる。すると、それに目を留めた藤が口を開いた。
「…やっぱり気になる?」
「え、いやそんなことないよ。平気」
「んー…私上手く結べないからなー…あ。芦刈先輩呼んでこようか?」
 絶対全力でやってくれると思うけど、と言うので信一は首を振る。確かに、昇ならどうにかしようとしてくれるだろう、という確信があったゆえに。
「芦刈先輩も仕事してて忙しいのに迷惑だし、悪いよ」
「…そう?」
 いまいち腑に落ちない顔で「迷惑とか思わないと思うんだけどなー」とか言っているが、一応納得したらしい。
「まあそれも味ってことでいいか」
「うん。ありがとう、南澤さん」
 心からの感謝をこめて言えば、一瞬だけ藤は戸惑ったような顔をした。しかしすぐに笑みを広げると、思い切り首を振る。
「ううん。私が楽しいからいいんですー。古関くんが全力で歌ってくれさえすれば、後は満足かな!」
「うん、ちゃんと歌うよ。おれに出来る精一杯でさ」
 拳を握りしめて、ステージを見る。相変わらず僚河は光り輝いて見えて、気後れしそうになるけれど、それでも。色んな人がこのステージに関わってくれていて、作り上げているんだということを思い出す。みんなが思い思いの仕事をしているなら、自分も自分の仕事をしよう、と思った。寄り添うように、強く響いたこの歌を誰かに届けるのだ。