Note No.6

小説置場

Euthanasia---meeting

 音源は全員が知っていたので、後はどの歌を誰が担当するかを決めるだけだった。部長である理代子が、歌詞全てをコピーしたものを歌担当である8人へ配る。それ以外のスタッフである3人は、一部だけコピーされた紙を揃ってのぞき込んでいる。
「ってわけで。一応こっちでいくつかはピックアップしてるんだけど、希望あれば聞くから」
 理代子は8人へ言葉を投げるが、いつものような歯切れのよさがなかった。ほとんどいつもと変わらないけれど、ほんの少しだけ煮え切らないような雰囲気がある。はて、と思った正仁だが、配られたコピー用紙に目を通していって理解した。
 途中まで読み進んで、気がついた部員もちらほらいる。戸惑ったように視線を上げて、それから慌てたように下を向く。正仁は心の中で息を吐いた。気を遣わせるのは趣味じゃないし、大体彼らが悪いわけでもないのに、いたたまれない顔をしてもらいたくはない。
「名屋」
 数秒で結論を出した正仁は、はっきりと声を投げる。手を挙げて意思表示をすると、「どうしたの」と尋ねる。その声はほとんどいつも通りで、悪いな、と思った。
「俺7曲目がいい」
 きっぱりと言い放った。何でもないことのように、ここはやっぱり俺だろー、と笑うのも忘れない。何も知らないのであれば、上手く誤魔化していただろう。反応してしまったことにさえ気づかれないレベルで、嘘を吐けるはずだった。だけれど、もうみんな知っているのなら。知らないフリをして誤魔化すより、正面から受け入れてしまった方がいい。
「いやあ、びびるくらいぴったりすぎる。この歌詞」
 無理をしているわけではなかった。知らないふりをしていたいと思うけれど、同じくらいになかったことにしたくなかった。予期せぬ形で本当のことはバレてしまったけれど、その瞬間は世界が終わるような絶望に襲われたけれど――。今なら、正仁は心から言えた。嘘偽りなく本気で、この歌を歌ってみたいと言えた。
「…おお、マジだ。蔦江センパイにぴったりじゃん」
 つぶやいたのは当麻だった。単純に、重大発見でもしたような気分なのだろう。悼むような顔も、哀しげな表情もない。
「おー? 何番? どれっつった?」
「これです、これ」
 当麻の言葉に、雄大がぺらぺらと紙をめくる。恐らく話は耳から耳へ流れていったのだろう。ぴったりだという言葉を聞いてやっと興味が出ても、肝心の歌がわからない。隣で一緒に見ていたみちるが、紙を繰って該当の歌を見せる。これか、とか言っているけれどすぐさま僚河が野次を飛ばした。
「雄大、ちゃんと人の話聞けよー」
「うっせ、どうせテメーも聞いてねーだろが」
 混ぜっ返すと、笑いが弾けた。当たり前の顔をしていて、正仁はほっと息を吐く。悪いことを言ってしまったと悔いる顔をされるより、こんな風に何でもない話にしてもらえる方が、気が楽だ。痛む顔をさせたいわけじゃなかったから。自分が傷ついた分だけ、やさしい人たちは傷ついてしまうと知っていたから。
「蔦江先輩、いいんですか」
 響いた声は、澄んで心地がいい。真穂が真っ直ぐと視線を投げていて、正仁はじっと見返した。きっとそう問いたいのは、彼女だけじゃない。他の部員たちも、そう思っている。例外は数人いるけれど(当麻だったり雄大だったり)、やさしいこの人たちは心配してくれるのだ。
「歌いたいんだ」
 だから、正仁ははっきりと答えた。傷つかなくてすむように、これ以上心配させないでもいいように。強がりでも何でもない言葉を、きちんと伝える。
「たぶん思い出すけど、いいんだ。なかったことにしたいわけじゃ、ないから」
 いつだって悪夢は正仁を蝕んでいた。過去は何度も責め立てて、狂おしいほどの後悔に身を焼かれ続けてきた。それでも歩き続けて、慟哭すらも許されなかった。誰も知らない罪を抱えた体は、自分自身で断罪するしかなかったから。傷だらけになりながら、血まみれになりながら、いつか壊れてしまう日まで、ただ命をつなぐしかないと思っていた。
「きっと俺は思い出すけど。今ならたぶん、大丈夫だから」
 自身の罪が暴かれた日、終わったのだと思った。また失敗してしまって、この手は誰かを傷つける。もう二度と誰のことも傷つけたくなかったのに、結局また自分は痛みを与えるのだ。二度とこの罪は消えない。それ所か積み重なり、大罪人になっていくのだと信じていた。
 だけど彼らは言った。傷つけてもそれでも、生きていていい。傷つける痛みを抱えて、それでも歩いていけるんだと、強く、高く、言い放った。そうして一緒に泣いてくれて、一緒に笑ってくれた。何もかもを許されたわけじゃなかったけれど、後悔は未だうずき、悪夢は消えないけれど、それでも。全てを知っても隣にいて、同じものを見て、当たり前の顔で受け入れてくれる人がいる今なら。
「歌いたいんだ」
 きっと思い出す。歌詞の一つ一つが、あの日の風景を、これまでの日々を鮮明によみがえらせる。もしかしたら怯んでしまうかもしれない。立ち尽くしてしまうかもしれない。それでもきっと、この場所でなら平気だと思えた。彼らと一緒ならば、何もかもを抱えて、それでも立っていられると知っているから。