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Note No.6

小説置場

Four Signals---rehearsal

「エキストラ・スター」

 前回の実績のおかげで、体育館を通し稽古で使用出来ることになった。やらないよりはいいだろう、というわけで、放課後の体育館に映研部員が集合した。全ての窓と出入り口を締め切って、完全に極秘体制である。
 一通りのステージを終えて、各自気になる部分のチェックをしている時だった。体育館の中央で、エフェクトの微調整をするために修平はパソコンの前に陣取っていた。実際に体育館で音を流してみると、空間が大きいだけあって思っていたものと違う音になる。音響に頼る部分もあるが、パソコンで出来ることはやっておこうと、いじってみるつもりだったのだ。
 ヘッドフォンを外すと、隣に人がいることに気づく。長机の隣で、紙をのぞきこんで何やら難しい顔をしていた。
「……」
 調整するべき部分を書き入れつつ、ちらりと視線を投げる。同学年であるが、お互いそこまで積極的に会話を交わすタイプでもない。別に用事があるわけでもないようだし、放っておこうと結論づけて再び作業に戻るけれど。隣で何度も大きく溜め息を吐かれ、うんうんうなられて、修平の忍耐はさっさと音をあげた。
「さっきから何なの」
「え。ああ、悪い」
 弾かれたように顔をあげると、眼鏡の奥の目を丸くしてこちらを見る。どうやら無自覚だったらしい、と気づいて修平は息を吐いた。
「隣でずっと溜め息吐いてうなられちゃ、集中出来ない」
「…悪い」
 誠二郎が申し訳なさそうに言うものの、再び溜め息を吐く。いらっとした修平は、思わず舌打ちをする。自覚がないというのはまったく性質が悪い。
「で、何なの。何でそんな溜め息吐いてんの」
 別に聞いてやる義理もないけれど、このままここで溜め息を聞かされ、うなり声を上げ続けられるのは勘弁だ。いつもならそもそも、自分の近くに寄って来ようとする人間自体いないのだから、こんなことを考える手間もなかったのだけれど。映研部員たちは、何をしても何を言っても受け流してしまうだろうし、今さら凄んだり威嚇したりしても意味がない。
「歌あるだろう。Four Signals」
「ああ、お前が歌うヤツか。5曲目」
 言って、該当する映像を出した。青を基調としていて、雰囲気としても目の前の誠二郎にぴったりだろうと思っている。
「そこで、踊れと言われている」
「……」
 大体の事情を理解した。前回、宇見は2曲ともほぼ棒立ちで歌いきった。多少は動きがあったものの、ほぼ直立不動と言っても良かった。むしろ歌ってくれる方が奇跡的、という状況だったので、別にそれでも問題はなかったのだけれど。
「そんなこと言われても困るんだ。簡単に出来るなら前回やってる」
 眉間にしわを刻んで、重い息とともに吐き出した。恐らく、先輩たちは前回それなりに歌えることを知ってしまい、2回目はもっと出来るだろう、と期待しているのだ。期待しているだけに留まらず、しっかり要求している。
「まー…あの人たち、容赦しないだろうし」
「ああ。ほぼ全員、手加減なしってどういうことだろう…」
 音の方に集中していてあまりステージは見なかったけれど、そういえば諸先輩方はそりゃもうガンガン指示を出していた気がするな、と修平は思った。二学年も上がいて、そのほぼ全員から言われるのだから気も重くなる。逃れられないと思ったのだろう。ちょっと同情心が動く。
「蔦江先輩とか…普段やさしいのに。笑顔で容赦なく『出来るよな』とかどうなんだ」
「いやーあの人フツウに怖いでしょ」
「…やっぱりか」
「やっぱりだ」
 淡々と返すと、誠二郎の苦悩が再び始まる。気持ちはわかるので、修平も文句は言わない。
「古関先輩すら助けてくれないんだが」
「そりゃあの中で主張出来るガッツあると思ってんの」
「…ないな」
 いい人なんだけどな、というのでいい人だからでしょ、と返した。ものすごく納得していた。修平は一つ息を吐き、パソコンの画面を見つめたまま口を開く。何てことないように、至って普通の顔をして。
「ちょっと細工してやろうか」
「え?」
「お前の映像に、だよ」
 いくつかキーボードを操作して、目的の画面を呼び出した。誠二郎が歌う際に使用される映像の編集画面で、横の小さなウィンドウには立体的なイルカが描かれている。
「踊れって言われてんの、間奏の所でしょ」
「ああ、そうだけど」
 だからさ、と言って修平はキーボードに指を滑らせた。誠二郎には、何をやっているのかまるでわからない。それでも、魔法のように動く指をただひたすら見ていた。すると、いくつかの操作をし終えたらしい修平が、小さく「出来た」とつぶやく。
「とりあえず、今はこんな感じ」
 言って画面を見せるので、誠二郎はのぞきこむ。以前一度見せてもらった、青のグラデーションの画面だ。曲に合わせて歌詞が動き、消えていく。前回と違うのは、問題の間奏部分になるとイルカが現れることだろう。
「今はまだ雑だけど、後でもう少し音楽に合わせて動くようにする」
 そうすれば、音楽に合わせて踊ってるみたいに見えるでしょ、と薄い笑みを浮かべて言った。確かにその通りなのでうなずくと、再び操作に戻りながら修平はつぶやく。
「で、適当に腕振ってりゃ指揮してるように見えるんじゃないの」
 抑揚のない声で吐き出された言葉だったけれど、誠二郎は理解した。踊ることが難しいと言った自分に対しての、これは救いの手だったのだ。間奏部分を棒立ちですごすわけにはいかない、と先輩たちは言う。しかし踊ることも難しい。それなら、別の動きを加えればいい。たとえば、画面に現れるイルカを指揮するような。
「…そうだな。ありがとう」
 わかりにくくても、それでもこれが彼のやさしさだと誠二郎は知っている。だから感謝を伝えれば、ぶっきらぼうに「別に」と言った。