Note No.6

小説置場

Backstage---2nd grade

 あと三十分で幕が開く、という時間帯。最後の確認というわけで、映研部員は全員舞台裏に集まっていた。三年の先輩たちは、各自最終点検をしているし、一年生たちは映像器具の確認中だ。
 自分たちの分のチェックが終わってしまった二年生たちは、手持ち無沙汰に他の人たちの仕事が終わるのを待っている。
「あーともうちょっと! で、僚兄たちの歌が聞けるぜ!」
 嬉々とした調子で、雄兄たちの腕もお披露目だし! と当麻が叫ぶ。生徒たちはちらほら入ってきている段階なので、聞こえたらまずい。みちるが「当麻くんうるさい」と足の甲を踏みつける。
「痛いし! ひでえ、幡中何すんだお前」
「うるさくなったら踏むといいって、駒木先輩が」
「マジか雄兄が言うなら仕方ないな」
 大袈裟にうなずく当麻の横では、藤が青い顔をしていた。「うわー人の声が聞こえるーすごく多いー」とぶつくさ言っている。信一も緊張した面持ちで、両手を握りしめている。それに気づいた当麻は、至って不思議そうな顔だ。
「何? 何で二人ともそんな顔してんの? 別にどーってことねーじゃん」
 これから始まることに対して、緊張の欠片さえ感じていないらしい。当麻にとっては、観客など畑の野菜よりも意味がない。食べて美味しいだけ野菜の方がよっぽどマシなのだ。藤は青い顔のまま笑みを浮かべているし、信一はまぶしそうにそんな当麻を見ている。
「いやーでも、ちょっと楽しみだよね。いざ腕試し! って感じで」
 あっさり言うのはみちるだった。自分の出番がないから、という意味もあるのだろうけれど、それだけではないことを二人は知っている。何よりも、彼女は自分の仕事を全うするのが楽しいのだ。
「今までで一番綺麗に光あてるから。任せといて!」
 力強く言い切ると、胸を叩いた。私と駒木先輩にかかれば、完璧な照明になるよ! と言い放つ。隣の当麻も、便乗して大げさにうなずいた。
「そーそ! 幡中はともかく、雄兄がいれば問題ないから平気!」
「当麻くん、一言余計だから」
 無表情に切り捨てると、すぐに話題を替えた。目の前の友人が青い顔のまま変な笑みを浮かべているからだ。
「ちょっと藤、あんた本当に大丈夫? 前もそうだったけど、緊張しすぎておかしくなってない?」
「大丈夫ー。出番の時には臨界点突破して気持ちよくなってると思うから」
 うふふ、と答えられてみちるは黙った。そうだ、こいつがおかしいのはいつものことだった。緊張だろうとなんだろうと、最終的には気持ちいいよね! とか言える人種なのだから、ある意味最強だと思う。
「そーだ、古関! Genesisの時絶対負けないからな。覚悟しとけ」
「え! え、うん。頑張るけど」
「あ、手抜いても怒るから。真剣勝負だから!」
 絶対だからな! と念を押すのは、二人で歌う曲だった。基本的にはハモる歌であるけれど、つられないようにしつつ、それでいて自分の歌にしなくてはならないのだから、戦いの様相もある。信一は当麻の言葉に、楽しそうに笑った。
「当然。手なんて抜かないよ」
 落ち着いた声でそう言えば、にやりと当麻も笑いを返す。「それでこそ男だ!」と言うと、ハイタッチ! と叫んで手を出した。戸惑っている信一に向かって、「ハイタッチ! だっつーの!」と叫ぶ。みちるがうんざりした顔で「だからうるさいって」と言う声も聞いちゃいない。
「えーと、こう?」
 これでいいんだっけ、と思いつつ、掲げられた手のひらに手を打ちつけた。高い音が響いて、当麻が満足そうに笑う。
「よしよし。これで俺たち完璧だな。こうなればお前らもしよう、ほれ」
 両手を広げてみちると藤の方へ差し出した。二人は顔を見合わせたけれど、すぐに視線で答えを出す。阿呆みたいだと思うけど、何やってるんだと思うけれど、そんなの大したことじゃない。
「まったく、当麻くんはうるさいんだから」
 呆れたような顔をしてから、みちるは自分の両手を当麻の手に打ちつけた。続いて藤も「じゃあ全力で」と言ってばっちーん! と振りぬいた。それから、嬉々として「よし、古関くんもだ!」と言ってわいわいハイタッチを交わす。みちるも便乗して、楽しげに古関と手のひらを打ち付ける。
「それじゃー最後、みちる! カモン!」
「オッケー、今度はあんたに全力でやってやるわ!」
「ええやだ、そんな私を喜ばせてどうするの?」
「…ごめん、細心の注意を払ってやさしくやります」
 心底殊勝そうなみちるの言葉に藤が吹き出し、笑いあいながら手のひらを合わせる。あたたかな温もりが伝わって、二人で笑みを浮かべた。ぎゅうっと指を絡めて、みちるがつぶやく。
「頑張ろうね」
「そうだね。精一杯、やろうね」
 藤も返すと、ふふふ、と笑った。やわらかいものを抱きしめるみたいに、温かくて貴いものを包み込むように。その様子を眺めていた当麻は「女子は楽しそうだなぁー」とつぶやくと、閃いた顔で叫んだ。
「古関、もっかいやろう。もう一回!」
 きらきらした目で両手を出すので、信一は曖昧に笑って応える。当麻は心底楽しそうにわーい、とか言っていた。