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Note No.6

小説置場

Genesis---backstage

「エキストラ・スター」

 舞台袖から、感慨深げにステージを眺めている。今歌われているのは、数ある曲の中でも唯一二人によるものだ。それまでは一人だけのソロだったけれど、この歌だけは、二人がハーモニーを奏でる。人選で散々悩み、最終的にこの二人に落ち着いた。歌唱力に関しては心配していなかったし、むしろ随一のものを持っている。上手くはまれば、聞き応えのある歌になることは間違いなかった。しかし、それ以外の点で何かと心配していた二人なのだけれど。
「いやー、二人ともやるじゃん」
 隣に気配がやって来たと思うと、嬉々としたつぶやきが漏れる。同じようにステージ上の二人を見つめていることはすぐにわかった。
「…まあ、心配はしてたけど。杞憂に終わったみたいね」
「どうにかなるって信じてたけどね? 俺は」
「失礼な。私だって信じてたわよ」
 強い調子で言うと、明るい笑い声をたてる。怒んない、怒んない、とおどけるように手のひらを振った。
「名屋ちゃんのことだから、もっと無難な人にすると思ったんだけど」
「まーね。元映研部員のみで固めてやろうかとは8割くらい思った」
「ほとんどじゃん」
 けらけら、笑い声は軽い。理代子は気難しげな顔を作っていたけれど、すぐに解いて苦笑に変える。目の前のこの男にとって理代子の言葉など、蒲公英の綿毛より軽い意味しか持っていないことは、とうに知っていたので。
「…でも、一応あんたらだってうちの部員だし。分けても仕方ないと思ったのよ」
 言って、ステージの二人を見る。きっと本来ならば、関わり合いになるはずもない二人だった。知らないままで卒業して、赤の他人として接点一つ持たずに生きていくに違いなかった。それでもこうして関わりあって、名前を知って、人となりに触れてしまった。もうただの他人ではいられなくて、迷惑もかけられたしいい加減にしろと思うことも多々あったのに、知らないままでいることを選べなかった。だってもう、笑う顔も一生懸命な所も、強い思いも受け取ってしまったから。
「さすが名屋ちゃん、部長のカガミだねぇ」
 ふざけたような物言いだったけれど。僚河の横顔を見た理代子は、叱責することを止めて口を閉じた。軽口に紛らわせているだけなんだと、いつの頃からか理解していた。大切なことを大切だと言わないで、冗談のふりをする。それでも、まなざしの一つ一つが雄弁に語っているのだ。やさしく下げられた目尻が、瞳の奥の輝きが、何よりも強く伝えている。
「別に。あんたたちのお守りしてたら、これくらい普通でしょ」
 いつものように強い調子で返した。絶対に言ってはやらないけれど、他の部員たちともう何一つ変わらないのだということを滲ませながら。僚河の瞳が何よりも言っている。ヤンキーだとかそういうものを取り払って、部員だと認識してくれることを感謝しているのだと、嬉しいのだと、伝えている。
「まあそれに、単純に聞きたかったし。私が」
「あーガチで上手いからね、あの二人」
 指差す先にいるのは、二人の後輩だ。部員の中でも一・二を争う歌唱力を持っており、校内にファンも多い。身に迫るように歌い、感情すべてをさらわれてしまいそうな歌は、一度聞いた人間を虜にするような力強さがある。
「最初はどうなることかと思ったけどね」
「それは俺も」
 しみじみと理代子が言えば、僚河も重々しくうなずいた。二人とも思い出しているのは、出会った頃のそれぞれのことだろう。
「最初に会った時の当麻くんなんて、私たちのことその辺のゴミ同然だと思ってたでしょ」
 歌っている内の一人である当麻は、自分の関心外のことはひたすらどうでもいい人種だった。兄貴分である僚河たちの言うことはよく聞いたが、いたかいないかわからない映研部員の言葉など、聞く義理もないし尊重する必要さえ感じない。
「初めの頃の古関なんて、会話したら魂取られるとでも思ってんじゃないかレベルだったっしょ」
 もう一人の人間である古関は、常に誰かの後ろに隠れて会話もせず、極力存在感を消していた。関わり合いになるなどという選択肢は存在せず、ヤンキーたちとは永遠に会話しない腹積もりだったに違いない。
 理代子と僚河は、それぞれの言葉に昔を思い出していた。僚河にとって当麻は、昔からの知り合いで可愛い弟分だ。よく懐いて言うことも聞くし自分たちにとっては単なるいいヤツだ。一方、理代子にとっての古関は高校に入ってからの可愛い後輩だ。自己主張はしないけれど他人を尊重するし、仕事もちゃんとやってくれるし、いい子だとしか思えない。
「古関くんが歌い勝つとはねぇ」
「当麻がメロディー譲るとはなぁ」
 二人とも思わずこぼしてしまうのは、どんな人間かを熟知しているからだ。
 古関はいつでも控え目で、大きな声を出す所など見たことがなかった。ヤンキーの前で声を張り上げるなどもっての外だ。当麻はどうでもいい人間に対してはひたすら強気で、我を通す。僚河たち以外の人間を相手にして、自分を主張しないことなどありえなかった。
 それが今やどうだろう。ステージで歌う二人は、互いの呼吸を読み合って歌を織り上げている。古関は元ヤンキーである当麻を相手にして、怯むことなく声を出す。当麻は今までなら存在すら無視していたであろう古関に、しっかりと主旋律を任せている。
 当初の心配など何処吹く風で、二人は歌う。その心地よさを、理代子も僚河も知っている。最初はこんな二人が果たして上手く歌ってくれるのか、と心配していたけれど。この歌を聞く人々の顔が、確かな答えを示していた。