読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

Birth in Heaven---rehearsal

「エキストラ・スター」

 自分のステージの確認を一通り終えた真穂は、舞台から下りた。少し気になる点があるというか、確認したい部分があったのだ。首を巡らせて照明を担当している先輩を探す。体育館の両脇には、数メートル上の部分に細い渡り廊下がある。そこからスポットライトを操作するので、目的の人物はここにいるはずなのだけれど。
「駒木せんぱーい! みちる先輩知りませんか!」
 真穂は声を張り上げて、頭上で何やら照明のチェックをしている雄大に声をかける。大きな体の先輩はすぐさま見つかったのだが、真穂が会いたい相手は見つからない。
「あー? 幡中ならさっき学年主任のトコ行ったぞ」
 顔を上げると、柵越しにそんなことを言う。だからいなかったのか、と納得するけれど。
「すぐ帰ってきます?」
「知らねーよ。何か今度の舞台のどーのこーのっつってたから」
 あっさりそれだけ言うので、真穂は舌打ちをした。もしかして普通に用事があっていなくなったのかもしれない、と思っていたのに。これはつまり、みちる先輩じゃなくてもいい用事だったのではないか。
「なんだよ柴」
 不穏な感情にだけはやたら敏い雄大なので、凶悪な顔で真穂を見下ろす。深く眉間にしわを刻み、すごんで見せる様子は普通の人間なら恐れおののいてしまうだろう。
「駒木先輩が行けばよかったじゃないですか。みちる先輩の方が年下なんですよ、仕事押し付けないでください」
 しかし、真穂は普通の人間ではなかった。一時期はシオコーの帝王やら魔王やら言われていた相手であろうと、そんなことはどうでもいい。はっきりと怯むことなく、淡々と告げる。
「何で駒木先輩が行かないんですか」
「仕方ねーだろ…オレあいつ嫌いなんだっつーの」
「あっちだって嫌いだから大丈夫ですよ」
 憤然とした顔で失礼なことを言いきる。もしここに当麻がいれば、確実に「雄兄に何て口利くんだテメー」といきりたっていただろうが、幸いいなかった。雄大本人も多少ムカついたものの、確かにあっちも嫌いだろうし好かれていても嫌だなと思った。
「じゃあもう仕方ないんで、駒木先輩でいいです」
 整った顔を歪めて、「みちる先輩がよかったのに…」とつぶやく。雄大は青筋を浮かべつつ「なら帰ってくるまで待てよ」と告げるけれど、真穂はあっけらかんと「いつまでかかるかわからないので嫌です」と言い放つ。
「それに駒木先輩の仕事ぶりは信用してますから。人柄としてはみちる先輩がよかったけど、腕なら駒木先輩でもいいです」
 若干いまだにけなされている気がしないでもないが、雄大は単純だった。仕事ぶりを信用している、と言われて確実に気を良くする。今全力で取り組んでいる、照明の腕を買われるならば多少失礼なことを言われてもどうでもいい気分になれるのだ。
「じゃー上がって来い。階段そこにある」
 指差すと、ためらうことなく真穂は梯子に手をかけた。身軽にひょいひょい、と登ってくると雄大の隣に腰かけた。もしも理代子が見ていたら「あんたが下りろ!」と雄大に向って叫んでいたことだろうが、幸い理代子は見ていなかった。
「ええと、それで私の歌なんですけど」
「あー…どっちだ」
「『Birth in Heaven』」
「…どっちだ?」
 ああ駒木先輩英語駄目だったんだな…と生ぬるい気分で真穂は思った。雄大本人はそんな視線に気づかず、ぺらぺらと進行表を見ながら頭をかく。
「柴の歌だろ。リボンか天使か、どっちだよ」
 真顔で言われて、一瞬真穂は言葉に詰まった。なるほど、題名で覚えることは早々に放棄して自分なりのキーワードでそれぞれを認識しているらしい。衣装や映像で、各曲何かしらのイメージが固定されているのだから、何だかんだで意味は通じるだろう。
「天使です」
 自分で言うのも何だかなぁ、と思いつつも仕方ないのでそう告げる。雄大は納得したらしく、きちんと目的の歌のページをめくった。
「これか。なんだよ、どうした」
「ええとちょっと、この…サビの照明なんですけど」
「おう」
 全体的に透き通った雰囲気の歌だ。題名も題名なので、イメージとしては「天国」とか「天使」である。そのため、それまでの曲に比べても光が重大な要素になってくる。照明担当としても気合いの入るポイントなのだろう。真剣な目をして、後輩の言葉を馬鹿にすることもなく、聞きもらすまいと耳を傾ける。
「じわじわ光が広がっていく演出もいいんですけど、『さあ今 聞かせてよ』からはもっと一気にハッキリさせたいんです」
「…一回止めるか」
 言いたいことをすぐさま理解した雄大は、ぽつりと漏らす。
「一瞬暗くさせて、それからぱあって点けた方がよくねーか」
「はい」
 思い切りうなずいた。そっちの方がいいんじゃないだろうか、と思っていたので異論はない。雄大は持っていたペンで進行表に何やら書き込んでいる。
「後で幡中とも打ち合わせするけどよ。何か他には? あったら聞くぜ」
 茶化した欠片もなくそう言うので、真穂は「いえ」と首を振った。さっき雄大へ言ったことに嘘はない。色々とたくさん可愛がってくれる先輩たちのことが大好きなので、出来るならみちるに話をふりたかった。その分多く会話出来るからだ。しかし、それは雄大が嫌だとか信用していないという話ではなかった。雄大ならば手を抜くことなく、自分の思う限りの精一杯で作り上げてくれるに違いない。それだけは、間違いようもなく確信していた。
「駒木先輩とみちる先輩に、お任せします」
 この二人なら大丈夫。悪いようにするわけがない。自分が思うよりももっと素敵に、思いがけない演出をして目を見張らせてくれるだろう。知っているから、小さな微笑みを浮かべて頭を下げた。