Note No.6

小説置場

Backstage---1st grade

 最終チェックとして映像器具を点検していた真穂は、見慣れないものを発見した。映研全体でも、映像編集に携わっている修平がいるからこそ、一年生がチェックを担当しているのだけれど、件の修平が使用しているパソコンの画面に、覚えのないものがあるのだ。スリープモードになっていた所、机に体が触れでもしたのだろう。画面が切り替わり、見知らぬものが映し出される。
 こんなものを使った映像はあっただろうか、と真穂は考える。一応、後ろで流される映像は全て見たけれどこんなものは見たことがない。悠々と動き回る、愛嬌たっぷりの立体的なイルカなど。
 修平の性格からして、要らないものを表示させているわけもないだろうし、何かしらのチェックをしているのかもしれない。だけれど、真穂にとって見覚えがないものだということも事実だ。万が一ということもある、と判断した真穂は修平を探した。気になった物を放置して大事になった方が問題だ。
「…宇見くん」
 辺りを見回すと、同じくその他の映像器具をチェックしていた誠二郎の姿が目に入る。修平を見なかったか尋ねるついでに、画面の中を示した。
「ちょっと見慣れないものがあるんだけど。これが何だか解る?」
 長い指で画面を指すと、誠二郎がのぞきこむ。青い画面のグラデーションを背景に、泳ぎ回るように動くイルカ。視線を向けた誠二郎は、声一つ漏らさなかったけれど明らかに凝視している。
「何してんの、あんたら」
 不意に声がかかり、二人は後ろを見た。立っていたのは、映像責任者でもあり、このパソコンの持ち主である修平だった。
「何」
 怪訝そうな空気を微塵も隠そうとせず、二人がのぞきこんでいたパソコンへ目を向ける。「変なとこいじんないで」とか何とかつぶやきつつ、二人が目にしていたものを悟った修平は、一瞬言葉に詰まる。すぐに何でもない顔をして、いつもの呼吸を取り戻したけれど。
 三者三様のまま、空気が固まる。元々口数の多いメンバーではないので、いつものことといえばいつも通りの光景だ。特に気にすることでもないだろう。しかし、真穂は気づいてしまった。違和感はあったのだけれど、二人が何も言わないのだからわからないわけがない。
「まあ別に、問題ないんでしょう」
 違和感はあった。だけれど明確なものではなかったから、上手く誤魔化されればきっとわからない。だけれど、二人は何も言わなかった。何だこれ、とも、どうなてってるんだ、とも、とにかくそういう類の言葉をかけなかった。つまり、想定外の出来事が起きているわけではない、ということだ。少なくとも二人はこれを何だか知っている。
「それならいいのよ」
 修平が何らかの対処をしようとしない点から考えて、特別なエラーではないのだろう。気になることは気になるが、とりあえず問題ではないのならいいだろう、と判断する。
「…柴倉さん」
 これで話は終わりだろう、と思っていたら、誠二郎がためらいがちに名前を呼んだ。真穂は首をかしげる。
「これ、俺の歌の時に使う映像なんだ」
 イルカを示し、ちょっとしたおまじないというか、助けてもらうというか、と続ける。真穂はもう一度画面を見て、そういえばこの青いグラデーションは、誠二郎が歌うFour Signalsで見たような気がする、と思った。
「別に秘密にしてるわけじゃないんだけど」
 肩をすくめて、誠二郎は言う。何だか機会を逃してそのままなんだ、と続ければ修平も頭をかきつつ、うなずく。
「ま、そういうことだ」
 ぶっきらぼうな物言いに、真穂は何となく事態を察した。そういえば、宇見くんは踊れとか言われてたし。映像に編集出来るのなんて呉本くんしかいないし。つまりはそういうことなのだろう、と納得した。二人が一瞬うろたえた理由も、言及しなかった理由も。
「先輩たち、驚くでしょうね」
 このイルカのことを知っているのは、恐らく自分たちだけなのだろう。真穂は、誠二郎が今まで「踊れ」「踊れ」とせっつかれていることを知っている。このイルカを使って何をするつもりかはわからないが、あれだけ催促されてこの映像を出さなかったのだ。何度かリハーサルを一緒に行っている真穂がいうのだから、間違いはない。機会がなかったとは言っているけれど、実際にその通りだったのだろうけれど、今はどうだろう。
「別に、言ってもいいんだけど?」
 唇の片端を上げて、修平が言った。薄い笑いを浮かべて、何てことのない顔をしている。誠二郎は、いつもの通り涼しい顔をしたままだ。真穂はそんな二人を眺めてから、口を開く。
「冗談言わないで。そんなことするわけないでしょう」
 はっきりと声を届けた。二人は意外そうな顔をしなかったけれど、どこか空気に戸惑いが混じる。真穂はしっかりと声を出す。心からの気持ちを込めて、嘘偽りのない本音をさらす。
「先輩たちが驚いた顔、見てみたいじゃない?」
 唇に笑みをこぼして、言い切った。途端に、修平が口笛を奏でる。誠二郎は小さな笑みを浮かべる。一年生たち三人はその瞬間、秘密の共有者となる。