Note No.6

小説置場

Four Signals---backstage

 間奏が始まった途端、舞台裏でステージを注視していたメンバーは、「あれ」という顔をした。
 前回は歌ってくれるだけでもありがたい、と思っていた相手である。あまり無茶な注文をして「嫌です」と言われてしまえば元も子もない、と無理は言わないようにしてきた。しかし、意外とちゃんと歌ってくれたし、もう少し突っ込んでもいいんじゃないかな? と基本的には頑なな後輩に期待したのである。当初はもちろん渋り、拝み倒してなだめ倒しても渋り、最終的に渋った。それでも「何かは考えます」と言っていたので、多少は折れてくれたのだろうか、と本番を待っていたのである。
「えー何だあれ」
 真っ先に声をあげたのは、ステージ上の人物と背景の映像を、何度も見ている当麻。誰に言うでもなく、首を動かして二つは見比べて、見間違いではないということを確認している。
「俺あんなん知らねーんだけど」
 今までのリハーサルの間、一度も見たことがないと断言できた。それなのに、目の前にあるのは一体何だと言うのだろう。
「イルカ…よね?」
 当麻の言葉に答えるようにつぶやいたのは、理代子だった。誰に問うでもない調子だったけれど、ハテナマークを浮かべていた全ての人間が、同じく思っていたことである。
「イルカだよな…」
 思わず、といった調子で理代子に反応を返したのは、正仁である。一年生の頃から三年間、ともに部活動をしてきた二人は目配せしてうなずき合う。間違いなく、間奏の間に現れたのはイルカだ。そして同じ視線で、間違いなく今までリハーサルでこの映像は流れなかったことも確認した。
「…何かは考えます、とは言ってたけど。こういうことだったのね」
「しれっとやるよな」
 二人は感嘆したように息を吐き出し、一年生の後輩をたたえる。舞台では、イルカの歌声でも指揮するように、両手を広げて動きをつける。間奏はただの歌のない時間ではなく、イルカと歌い手の共同作業だ。大きく両手を広げれば、跳びあがるように体を起こす。手のふりが激しければイルカも激しく、おだやかならば漂うように揺れている。長いはずの間奏は、瞬く間にショーへと変わった。
「…宇見のヤツ、楽しそうだな」
「ねえ。まさか宇見くんがこんなことやるとは思わなかったけど」
 意外だったけど、悪くないわね。肩をすくめて理代子が言えば、正仁もうなずいた。おだやかで、すべてを包み込むような微笑を浮かべて。しかし、それだけで納得しない男がいた。自分が聞かされていなかったことに納得がいかなかったらしい。普段、年下の癖にズケズケ突っ込んでくる相手だったからこそなおさら。
「俺聞いてねーし! 宇見のヤツ、何一人で勝手にやってんだっつーんだ! ねえ、昇先輩!?」
 傍らの二人は賛同してくれないだろうことを見て取り、当麻は今まで我関せず、と言った顔をしていた昇に質問を投げる。昇は、耳にあてていたヘッドフォンを片方取ると、ちらりと視線を投げる。
「ねえ、昇先輩も思うでしょ! 一人やらかしやがってって!」
 唇を尖らせた当麻の言葉には、不貞腐れた子どものような響きがある。それでも理代子は、「ちょっと」といさめようとしたのだけれど。昇が口を開いたことに気づいて、正仁がやんわり待ったをかける。
「…当麻」
「なに?」
 すっと目を細めて、大柄な当麻へ言葉を投げる。昇はゆっくり吐き出した息とともに、静かに言った。
「本気で一人でやったと思ってんのか」
「へ?」
 間の抜けた顔で問い返す当麻に、昇は薄く笑った。正仁はおだやかに、理代子は楽しげに笑っている。
「あれを本当に一人で出来るわけないだろ」
 あれ、と言って映像を示す。間奏は終わり、イルカはすでに消えている。しかし、以前リハーサルで見たのと同じように、歌詞はいたる所に現れては、動き、色を変え、そして消えていく。
「呉本に黙って出来るわけがない。…呉本も噛んでるんだろうよ」
 あっさり言い切ると、わかったか、とおでこをこづいた。一人で出来る話じゃない、頭を使えよ、とも付け加えられる。そんなことを言われると思っていなかった当麻だけれど、言われてみればその通りである。部員内で一番パソコンに詳しいのは修平だ。その修平に黙ってイルカを加えるなど、一人で出来る人間が映研内にいるはずがなかった。
「お前は、弟分の功績を真っ当に評価出来ない男なのか」
 確かに俺たちに黙っていたけれど、その結果として迷惑をかけたわけでもない。むしろ、手を煩わせることもなくきちんと結果を出しただろう。淡々と言葉を吐き出され、そんな男だと、雄大と僚河に思われても知らん、と決定的な一言を告げる。瞬間、当麻は180度意見を変えた。
「考えてみればあのイルカ動かせるってすごいよな!」
 嘘偽りは一欠けらもなかった。言われてみれば確かにその通りだと、本気で思っているのだ。そうだ、確かに、踊りではなくイルカを指揮するなど、奇抜で素晴らしいアイディアではないか。あいつらの頑張りはきちんと認めてやらんと、兄貴分の名が廃るってもんだ! 鼻息荒く決意した当麻は、とりあえず帰ってきたら思いっきり褒めてやろう、と考える。それ以外の三人は、当麻のあざやかなまでの変貌っぷりを、楽しそうに眺めていた。