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Note No.6

小説置場

幸福な食卓

「じーちゃーん。ただいまー」
 自転車から大量の袋と箱を運び入れながら、家の中に声をかける。スーパーまでは遠いから、寄って帰ると遅くなる。さっさと夕食の準備しないとな、と思っていると爺ちゃんが玄関にやって来た。
「お帰り、頼人。すごい荷物だな」
「まあなー、買いだめしないと遠いしスーパー。あ、爺ちゃん持つな! 腰、絶対腰やばいから!」
 ボトル入り飲料水の箱を持ち上げようとするから、慌てて静止する。爺ちゃんは不服そうな顔で「年寄り扱いするな」とか言ってるけど、70歳超えたら年寄りって言っていい気がする。
「70歳超えとか、役所から祝電届くレベルじゃん。大事にしないと俺が白い目で見られるの」
「あんまり大事にしすぎるとぼけるぞ」
「うわあ、洒落にならない脅し」
「洒落じゃないからなぁ」
 にやにやしている爺ちゃんに日用品入りの袋を渡し、それを持っていってもらうことにする。爺ちゃんはちょっと唇を尖らせたけど、まあいいかと思ったらしい。ついでに今日の夕食の材料が入った袋を手に持ち、ひょいひょいとリビングへ去って行った。
 飲料水ボトルとかの重いものをしまってから、洗面所で手洗いうがい。荷物をしまった爺ちゃんもやって来て、同じように手洗いうがいを済ませる。こまめな手洗いうがいはもはや習慣であり、唯一の対抗手段だった。まあ、うちの場合ちょっと重要度合いが違うけど、油断は禁物だし、風邪だって防げるし。
「今日の夕食は何だ?」
「かれいの煮付けと、豆腐と油揚げのお味噌汁、それからほうれんそうのおひたし
 答えつつリビングに戻り、一続きになった台所へ向かった。いつも使っているエプロンをかければ、気分は完全に台所の主モードだ。よーし、頑張っちゃうぞー。爺ちゃんはうきうきした調子で「やっぱり夕食は魚に限るな!」とか言っている。今週は魚週間なんだろう。
「とか言いつつ、肉も好きな癖に」
 一応突っ込んでおくと、「当然だ」と胸を張って答える。「肉も魚も好き嫌いなく食べることが健康の秘訣だぞ」と、偉そうに言っている。実際爺ちゃんは好き嫌いが少ないので、あながち嘘ではないのかもしれないが。
「まあ、好き嫌いないと何でも作れていいけどさー」
 鍋を取り出しつつそんなことを言うと、台所近くに座った爺ちゃんが「確かに」と答える。老眼鏡をかけて、この前から読んでいる文庫本を開く。「年を取ると目が疲れやすい」という理由で、爺ちゃんの読書は主に書籍だった。電子媒体はあまり好まない。
「それ以上に、頼人の料理は当たり外れがないからなぁ。何を食べても美味しいとくれば、嫌いになる暇がないんだ」
 文章に視線を落としながら、さらりと言われた。ものすごく当然みたいな顔で、爺ちゃんは時々こういうことを言う。俺は一瞬言葉に詰まるけど、すぐに笑みが浮かぶ。というか勝手に顔がにやけて、笑み崩れる。
「へへ、爺ちゃんそんなこと言うと俺張り切っちゃうんだけど」
「張り切れ、張り切れ。いくらでも食べるから」
 悪戯っぽい笑い声を滲ませて、冗談めいた風に紡がれた言葉は、だけどどこまでも純粋な爺ちゃんの本心だ。材料の分量を間違えて、とても二人分とは言えない量を作ってしまった時、爺ちゃんは文句一つ言わず全て平らげた。朝昼晩三日間、計9食同じ料理で作った俺が嫌になったのに。「頼人の料理は美味しいから、いくらでも入るぞ」と真顔で言っていたっけ。最後の方は嫌になった俺の皿を指して、「食べないならもらう」とまで言っていた。
 無理をしているのか実際平気だったのかはわからない。だけど、作った料理はどれだけ時間をかけても全部食べる、と決意しているのは本当だった。俺の爺ちゃんはそういう人なのだ。だから俺も出来る以上に頑張れる。いや、今はさすがに分量間違えないけど。質で勝負してるけど。
 かれいの煮付け用の味付けをしながら、炊飯器のタイマーも確認。後20分ならどうにかなるな、と判断して、アスパラガスとベーコンを一緒に炒めた。油は少なめ、味付けもベーコンの塩気で充分だ。充分に火が通った辺りで、手早く皿に移す。冷蔵庫から冷えた缶を取り出して、お盆に乗せた。
「爺ちゃん、晩酌どうぞー」
 いそいそと持っていくと、爺ちゃんが俺とお盆を交互に見比べた。それから、ものすごくしみじみとした風に言う。
「お前は本当によく出来た孫だなぁ」
「自慢の孫と言ってくれ!」
 全力で叫んだら、「自慢の孫よ、これはビールかな?」と聞かれるので「ノンアルコールビールだね」と答えた。ガチのアルコールなんか高くて買える訳がない。
「たまには奮発してくれても罰は当たらないぞ?」
「経済観念が発達してるって褒めてもいいよ?」
 にこやかに言えば、参った、という顔で笑った。お盆を受け取り、それでもうきうきした足取りでソファに戻る。何だかんだでよく食べるし、晩酌も好きなのだ。やっぱり台所を預かる身としては、空腹の人間を放置したままっていうのは何だか敗北感があるっていうか…!
 晩酌を始めた爺ちゃんを見届けてから台所に戻る。鍋に砂糖やらみりんを足しつつ、笑みが浮かんでいるのは、一緒に食べる食事を作れることを実感しているからだ。一人じゃない。俺は一人で食事をしなくてよくて、俺は俺以外の誰かのために食事を作ってよくて、俺の料理を食べてくれる人がいる。たとえようもないほどの、胸いっぱいに満ち溢れてこぼれてしまいそうなほどの、この感情を何て呼べばいいんだろう。