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Note No.6

小説置場

Nice to meet you!

 荷解きをしていたら、控え目なノックの音が響いた。思わず背筋を正してしまったのは、これから一緒に暮らす人間の誰かだ、ということがわかっているからだ。爺ちゃんと二人暮らしだったのに、いきなり五人一緒に同じ屋根の下ってだけでもかなり緊張する。
「ど、どうぞ」
 つい声が上ずる。今までと違いすぎてるし、自分以外の人間が一人以上いるっていう状況にもまだ慣れない。何よりも、同じ家に住む人間が全員女子で平然としていられるわけあるか。
 このご時勢じゃ仕方ないっていうのもわかってる。中学の時だって、クラスには男子なんてほとんどいなかったし、先生だって女ばっかりだった。男が少ない状況なんて生まれた時からそうだった、てのは間違ってない。だからと言って女慣れしているかと言えば別問題だ。男が少ないからって誰でも女子と一緒に暮らすわけじゃない。いきなり女子四人と一つ屋根の下で暮らせ、とか言われて落ち着いていられる方がおかしいだろう。そうだ、俺は正常だ。
「失礼します」
 声が答えて、扉が開かれていく。深呼吸して自分を落ち着かせながら、視線を集中させていた。さあ一体誰が来た、と思いながら見つめていれば、ゆっくりと扉が開いていく。共用廊下にたたずむのは、さっき顔を合わせた内の一人。
 白いワンピースに、深緑のカーディガン。黒い髪は艶やかで、流れるように背中に落ちている。前で揃えられた指先が細くしなやかで、俺の手とは全然違うな、とぼんやり思った。
「中へ入ってもいいでしょうか」
 はにかむような笑みを乗せて尋ねられて、反射的に首を動かす。壊れた玩具みたいに、がくがく上下に振って了承の意を示せば、口元にほころぶ笑みが目に入る。わずかにほっとしつつ、さて何を言えばいいんだろう、と思っていたら勝手に言葉が飛び出していた。
「え、と、クッションとか、まだ出てないんですけど」
 椅子とか勧めた方がいいのか!? と思うけど、椅子なんて持ち込んでいない。あ、でも備え付けの机と椅子があるからこれを! と思ったけど、俺が何か言うより早く「床で平気です」と言って板張りの上に腰を下ろした。俺も座り込んで荷物整理していたから、必然的に二人揃って床の上。
 どうしたらいいんだ、と心臓バクバクしていたけど、隣を見ればきちんと正座をして、ぴしりと背筋を伸ばす姿が目に入る。いたって冷静な様子は、うろたえている俺自身を強く意識させた。結果として、やっと正常な思考回路が帰ってくる。そうだ、別に慌てるようなことではないんだ、慣れてないだけで。
「えーと、どういう用事でしょう」
 用があるから部屋に来たわけで、ちゃんとそれを聞かなくちゃ意味がない。自分の部屋に女子が来たことなんてないから普通にてんぱった。これから同じ学校に通うわけだし、愛想よくしておかないとな。
 思いつつ、俺の頭はフル回転しながら記憶の中から名前を引きずり出してくる。最初に全員紹介された時に聞いてるし、唯一の同学年だ。間違って呼んだら第一印象真っ逆さまになれる自信がある。
「楢崎さん、ですよね」
「はい。楢崎晴乃と申します。よろしくお願いします」
 よかった、間違ってなかった――と安堵していると、楢崎さんが丁寧に頭を下げた。深々、と言った感じで俺も思わず同じように頭を下げる。もちろん「政見頼人です」と自己申告することも忘れない。床に座り込み、お互い頭を下げあっている様子は中々シュールだよな、と思いつつ。
「それで、どうしたんですか」
 完全に初対面だし、この家唯一の男だし、共通点と言ったら新入生である、ということくらいだ。何か連絡事項でもあっただろうか、と思って尋ねる。楢崎さんは真っ直ぐとこっちを見て答えた。
「歓迎会の準備をしているから、それまで新入生は部屋で待機しているように、と言われたんです」
 最初に顔を合わせた先輩たちを思い起こす。一応班長という役目を負っているらしい先輩は、やたらと陽気でずっと笑顔だった。ばしばし肩を叩いて、これからよろしくー! と叫んでいた。確かにあの人なら歓迎会の一つや二つやりそうだけども。
「それで…自分の部屋にいたんですけど、ちょっと部屋を使いたいから政見くんの部屋に行っておいて、と言われて。迷惑だと思ったんですけど、すみません」
 またも深く頭を下げる楢崎さん。いやまあ確かにびっくりしましたけど。てんぱってましたけど。でも、そこまで謝られることではない。というか、先輩に頼まれたら仕方ない。
「いやいや、そんなことないです。先輩に言われたら断り辛いし」
 むしろこっちこそ、こんな所ですみません、と付け加える。楢崎さんは一瞬だけ黙ってから、すぐに笑みを広げた。
「そう言ってもらえると助かります。迷惑だろうなぁとドキドキしていたので」
 いかにもほっとした様子で言うと、肩の力が抜けたようだ。緊張が解けたのかもしれない。つられるようにして、俺の身体も強張りが解けていく気がする。楢崎さんはわずかに砕けた調子で、「歓迎会って何するんでしょうね」と聞いてくる。
「何ですかね。隠し芸大会とか?」
 黙りこむわけには行かない、とひねり出した答えはオッサン丸出しだった。何だよ隠し芸大会って。どこの宴会だよ。ねーよ。心の中で煩悶する俺にも構わず、楢崎さんは「隠し芸大会ですか」と繰り返す。唯一の救いは馬鹿にしたものではなく、普通に相槌を打ってくれていることだろう。
「ま、マジックとかですかね」
 引っ張らなくてもいいのに付け加えてしまう。何なの。どうして俺の思考ってオッサンなの。これはきっと爺ちゃんと二人暮らしの弊害だ、思考が年寄りくさくなってるんだ。と思い込もうとしたけど、むしろ爺ちゃんの方が気の利いた答えが出来そうで凹んだ。
「マジックですか。そういうの出来ると、喜ばれそうでいいですよね」
 罵倒しないで答えてくれるので、若干泣きたい気分になりつつうなずいた。まあ俺マジックとか出来ないけど。隠すも何も芸なんてねーよ。
「何か芸してくれって言われても困っちゃいますけどね」
 自棄になりつつ答えたら、楢崎さんは考える素振りをしてから口を開く。何かステキな隠し芸でもあるのだろうか、と思って答えを待つと、楢崎さんはあっさり言った。
「瓦割りならどうにかなるんですが」
 いたって真面目な顔で放たれた言葉だけど、ああ、楢崎さんって冗談も言う人なんだな、と思っていた。