Note No.6

小説置場

Nothing talks

 男の数が減ったからと言って、大いにモテ始めるということはない。断じて、絶対に、ない。結局の所、イケメンが今まで以上にモテるだけだ。今まで5人にちやほやされていたイケメンが、今度は10人にちやほやされるだけで、モテない所に5人が回ってくるわけではない。
 何が言いたいかと言うと、人生って不公平ですよね、ということだ。モテない俺の隣で、モテモテな友人が女子を侍らせたりしてるとか不公平の極みだ。いやもうこんなの友人じゃねえ。ただのクラスメイトその一だ。
「宏くん、今日は部屋に来てねぇ」
 甘ったるい声で言うのは、はち切れそうな胸を抱えた一つ上の先輩だ。わかりやすく色目を使っている。何だよ宏くんって、こいつは先輩の弟じゃないですよ。内心で突っ込んでいたら、「宏くん」が似たような声で答えた。
「ちゃんと行くよ! 先輩の部屋に行けると思って、僕は一日頑張ってるんだから!」
「ええー、ずるい! 宏彦今日は私と遊んでくれるって言った!」
「だから一緒に行こうよ? みんな一緒の方が僕嬉しいよ」
 普通ならここで不平不満が噴出しそうなものだけど、そうならないのがこいつのすごい所だと思う。周りに集まった女子たちは「宏くんがそう言うならー」とか「宏彦の頼みなら」とか言って、放課後先輩の部屋へ集まる算段をつけている。何なのこいつ。
 全世界の男の敵じゃないのか、と思っていたら、女子たちは手を振りながら離れていった。満面の笑みを浮かべて、とても満足そうな顔をしている。デートの約束でも取り付けたような顔だけど、いやいや。単に複数女子と男一人のハーレムを約束しただけだ。どうしてそっちが嬉しそうなんだよ。謎だよ。
「頼人、お待たせー。パン買いに行こ」
「マジほんと滅べよお前」
 心から呪いの言葉を吐き出すと、クラスメイトその一である蜂須宏彦は、ぱちくりと目をまたたかせた。さらさらの黒髪に、切れ長の一重の目。決して主張しすぎず、かといって印象が薄いわけではない、という絶妙なバランスを持って配された各パーツ。涼やかな目元と、色白の肌を持ったこいつは女子の間で「王子様」と称されている。上品さと優雅さを兼ね備えた容姿を持っていて、女子たちが放っておくわけがないことはわかっている。わかってはいるが、受け入れるのとはまた別の話だ。
「また僕に嫉妬して。頼人だって頑張ればいいのに」
 呆れたように肩をすくめるけど、こいつのように誰もが頑張れると思わないでほしい。どっちかっていうと和風顔の癖に、中身はイタリア人みたいな男なのだ。
「嘘吐くわけじゃないんだし。その髪型可愛いねとか、綺麗な足だなぁとか、僕の好みを形にしたみたいな人だよ、とか言えばいいんだよ」
「言えるか!」
 本気で言っているのが恐ろしい。冗談でもお世辞でもなく、本気で思っていることが一番怖い。宏彦は「頼人って口下手だねぇ」とこぼしているが、そういう問題じゃないと思う。それに、そういうことは一人に言えばいいわけで、大事な人にちゃんと言えれば問題ないわけで…。こういうこと言うと、宏彦に爆笑されるので黙っているけど。
「あ、楢崎さんだ」
 宏彦が突然つぶやく。その声に、生徒でごった返す向こうに視線をやれば、見知った顔が一つ。こっちに歩いてくる姿は、相変わらず姿勢がいい。腕一杯にノートを抱えていても、重さを感じさせない足取り。どうやらあっちも気づいたらしく、視線が俺をとらえる。軽く手を挙げて、声をかけた。
「そんな大荷物抱えてどこ行くんだ?」
「職員室です。私、提出係なので」
 様々な提出物を届ける、という役職らしい。うちのクラスにはないけど、係なんて各クラス適当に役職作ってるから、色々聞きなれない係が現れたりするのだ。
「晴乃なら確実に届くな。襲われても平気」
「攻撃されても返り討ち、ロボットは撃退します。…って一体何運んでるんですか私。ただのノートなんですけど」
「いやあ、晴乃だったらヤバイものでも運べそうじゃん。白い粉とか」
「ああ、小麦粉のことですね、わかってます」
 重々しくうなずいた所で、そういえば、と思い出した。小麦粉と言えば。
「今日の放課後暇?」
「暇ですよ」
「じゃあ、買い出し付き合ってくんね? 片栗粉なくなりそうでさ、それ以外にも色々買いたくて」
「それは一大事ですね。とろみのない酢豚は良くないです」
 真剣な顔で言うので、そういえば晴乃は酢豚が好きだったな、と思い出す。いや別に好き嫌いないけど、晴乃は好きか大好きしかないけど。
「じゃあ今度酢豚にするかなー…筍あったかなー…」
 冷蔵庫の中身を頭に思い浮かべていたら、今まで黙っていた宏彦が口を開いた。酢豚、という言葉に反応したのだろう。
「はいはい! 俺も夕食お呼ばれしたい! 頼人の酢豚食いたい!」
「却下します」
 にこやかにばっさりと切り捨てたのは、他でもない晴乃だ。そりゃそうだろうな、と思っていたら、宏彦がわざとらしく両手で顔を覆い、俺に泣きついてくる。
「うわーん、頼人! ひどいよ、楢崎さんがひどい!」
「勝手に私の名前呼ばないでください。頼人くんの隣にいる生徒その一」
「名前すら呼んでくれない!」
 わあわあと喚く宏彦をなだめている間も、晴乃は至って涼しい顔だ。完全に存在を抹消しているのだろう。まったく、最初に会った時からこうなんだから、宏彦もいい加減諦めればいいのに。世の女子に対してはとにかく突っ込んでいくのは止めてほしい。
「長い付き合いなんだし! もうちょっとやさしくしてくれても罰は当たらないんだよ、晴乃ちゃん!」
 瞬間、風が吹き抜けた。俺の隣にいたはずの宏彦が吹っ飛んで、二メートルほど後ろで伸びていた。だから言ったのに、と思いつつ目の前の晴乃へ視線をやる。片手にノートを持ち替えてはいるけど、それ以外は普通に立っている。
「ええと…晴乃さん、いったい何を…?」
「蹴り込んだだけですよ」
 見えませんでした。さすが特Aの戦闘能力保持者。全力で敵に回してはいけない。心の底から思う後ろでは、宏彦がうんうん唸っていた。