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Note No.6

小説置場

崩落の揺りかご


(きこえますか?)


 死んだように静かな空。凪いだ海は波一つ立たない。動くものはどこにもなく、ただひっそりとしている。風もなく、草原は少しもそよがなかった。生き物の気配は遠く、何もかもから取り残されているような気がする。もしかしたら、知らない間に世界は終わりを迎えたのかもしれない。爆弾が降り注ぎ、放射能の雨が降り、全ての生き物は死に絶えてしまった。ここはもう終わりの世界だ。何もかもが最期を迎えた後の場所――。
 そこまで思った所で、洒落にならないな、と意識を現実へ引き戻す。隣へ視線を向けた。もしも世界が終わりを迎えていたのなら、地球で最後の人類になるのは俺と、それから隣のもう一人だ、と薄ぼんやり思いつつ。隣に座る晴乃は、熱心に手元を覗き込んで、色々と弄り回している最中だった。
「何か聞こえた?」
「駄目ですね」
 ふう、と溜め息を吐いた晴乃は手の中の箱――物置から見つけてきた昔のラジオ――を高々と掲げる。銀色のアンテナを伸ばし、あちこちに動かしてみるものの、まったく音は入らなかった。
「上手く行けば、雑音でも音が拾えるらしいんですが。うんともすんとも言いません」
 やっぱり中が壊れているんですね、とつぶやく。だいぶ埃を被っていたし、かなりの年代物のようだったから、内部の機械が壊れていたとしても驚きはしない。むしろ、今もちゃんと機能していたらそっちの方が驚きだろう。
「…ワコ先輩に見せたら、速攻で直してくれるだろ」
「多分修理してくれると思います」
「すっげえ嬉しそうに引き取る姿が目に浮かぶ」
 機械工学大好きな二つ上の先輩を思い出している。晴乃も同じ結論になったんだろう。「むしろ、大改造しそうですよね」と続いた。確かに。
「うん。ワコ先輩、とんでもないモノつけてきそうなんだけど」
自動小銃を取り付けて、ボタンを押したら弾丸発射する仕掛けとか」
「一気にハウスがサバイバルになるから止めて」
 あながち冗談でもない所が恐ろしい。あやめ先輩とか調子に乗って、「これでいつでも訓練が出来るね!」とか言い出しかねない。基本装備がサバイバーな善先輩も、ここぞとばかりに賛同するに違いない。晴乃は俺の言葉に、楽しそうに笑った。
「頼人くんは訓練した方がいいかもしれないですよ。この前の島内実習で早々と罠にかかってたでしょう」
「……なんで知ってるんだ」
「蜂須くんに聞きました」
 しれっと答えるので、クラスメイトをぶん殴りたい衝動に駆られる。黙ってろって言ったことを堂々と喋ってるんじゃねーよ。女子を前にしたらあっさり友達裏切ってんじゃねーよ。いやあいつそういうヤツだけど。
「宏彦と仲悪い割りに、そういう話はすんの?」
「まあ、蜂須くんが嫌いというより、蜂須くんの性癖が嫌いなだけですから」
「それは宏彦が嫌いって言いませんか」
「どうでしょう。浮気性以外は、悪い人ではないと思いますけど」
 口説こうとするたびに蹴り倒しぶん殴り、地に沈めている割りには、結構好印象らしい。いやまあ、あれだけ浮気しまくって刺されない所かオープンに浮気出来る人間だから、妙な憎めなさがあるのはわかるけど。
「あいつなら、この世で最後の男になっても人生謳歌しそうだなぁ…」
 自分以外女子しか残っていない状況になっても、それはそれでラッキー! とか言い出しそうなタイプだ。というかほとんど絶対その通りだ。宏彦は女子さえいれば、問題がない。
「頼人くんは、そうもいきませんか」
 からかうような口調で晴乃が尋ねた。見れば、黒目をきらきらと輝かせて、悪戯めいた微笑を口に浮かべている。たぶん、俺の答えなんてわかっている。宏彦みたいに簡単に、女の人と接することが出来ない人種だってことを、晴乃はわかっているのだ。俺は真っ直ぐ目を見返して、答えた。
「それは相手の女子に拠る」
 俺は宏彦と違って、どんな女性相手でも気安くなれるような人間じゃない。だから、相手が苦手なタイプだったら困るな、と思う。結構切実に、そういう人間と取り残されて地球最後の人類にされてしまっては困る。
「晴乃だったら、いいな」
 流れ落ちる髪の毛の先を眺めながら、ぽつりと言葉を漏らした。思わず出てしまった、という感じではあったけど、紛れない本心だった。死んだような世界で、気づかない間に終わりを迎えたのかもしれない、と思った時。隣に晴乃がいるのなら悪くない、と思ったのだ。
「終わる世界でも、晴乃と一緒ならいいよ」
 はっきりと告げると、晴乃はうつむいてラジオをいじっていた。さらさらと黒い髪が零れ落ちて、横顔がよく見えなかったのだけど。ちょこんとのぞく耳が嘘みたいに真っ赤で、そこでやっと俺は自分の言葉に気づいた。何だこれ、まるでとてつもない愛の告白みたいじゃないか。
 思い切り頭を抱えて転げ回りたい。別に嘘は吐いてないけど、何さらっととんでもないこと言ってるんだ俺は。俺絶対宏彦に毒されてる。宏彦菌に感染してる。絶対にだ。
 一通り内心で悶え苦しんでいたら、晴乃がぽつりとつぶやいた。私も、と言う。私も、頼人くんと一緒ならいいですよ、と言う声は少し震えていた。
「終わっていく世界ですけど、頼人くんなら最後までしぶとく生き残りそうですし」
 冗談めかした言葉に、俺も笑みを唇に刻んだ。確かに俺は、ひたひたと終焉に向かう地球上で生き残る可能性は高いだろう。何せ特殊遺伝子持ち、人口減少に拍車をかけるゼットウィルスも利きにくい。リアルにサバイバーになりそうだ。
「それじゃあ一緒に、世界の終わりまで逃避行でも?」
 ふざけた言葉を告げれば、晴乃がおかしそうに笑った。「そうですね、世界の終わりなんて100年以内にやって来ますし」という言葉の通り、俺たちはもう終わるしかない生き物なんだろう。何も残せず、何もつなげず、ただ終わりを見届けるためだけの。
「そういえば、通信機器の中でもラジオの電波だけは最後まで残るらしい」
「それじゃあ益々修理してもらいたいですね。逃避行のお供に、ラジオがあるといいと思いませんか」
「逃避行にぴったりの曲をかけてもらわないとな」
 言い合いながら立ち上がり、寮へ帰ることにした。ワコ先輩がいるだろうし、ラジオの修理を頼むのだ。先を行く晴乃の背中を見つめながら、声にならない声をかけた。
 さっきの言葉は嘘じゃないんだ。本当に心から、晴乃だったらいいと思ったんだ。隣にいてくれたらいいと思ったんだ。強くてやさしくて、照れ屋で意地っ張り、助けに走っていきたいと思うたった一人。ねえ、君となら。終末だって生きられるよ。

 

I am the children of an end.
(僕たちは、終末の子どもです)

I am the beginnings of the end.
(僕たちは、終わりの始まりです)

Can you hear my lullaby?
(僕たちの子守唄が聞こえますか?)

Can you hear footstep of collapse?
(崩壊の足音が聞こえますか?)

 

Can you hear?
(聞こえますか?)