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Note No.6

小説置場

Navigation to the school

「終末の砂時計」

 あなたの学校が決まりましたよ、と突然保阪に言われた。保阪はいつも突然だから、いきなり言われたこと自体は驚かない。だけど、学校が決まった、というのは聞き捨てならない。病院近くの公立高校に行くもんだと、ずっと思ってたのに。爺ちゃんの見舞いにも便利だし、定期的な面会(これは俺と政府の)も楽になりますね、と保阪本人が言ってたからもう決定済みだと思ってたのに。
 どういうことだ、と問い詰めた方がいいのか、と悩みかけたら、当の保阪に言われる。いつもの通りの無表情、その癖目だけは絶対零度のビーム光線。
「何か言いたいことでも?」
「ありません」
 長年付き合ってきた俺にはよくわかる。この目は「つべこべ言わずに従え、さもなくば死より恐ろしい制裁が待っているであろう」だ。保阪ならやりかねない。私の決定に文句があるなら、二度とこちらへ来なくてよろしいです、とか言って永遠に爺ちゃんとの面会を許可しないに決まっている。その上、文句があるなら学校なんて行かなくていいですよ、とか言って研究所送りにされる可能性も否定出来なかった。もう二度と白い部屋には戻りたくない。
 保阪は黙り込んだ俺を確認して、相変わらずの無表情で茶色い封筒を渡した。政府官僚が使っている茶封筒は、すっかり見慣れてしまった。記載されている厚生労働省の住所なんて、児童保護調査室付けで郵便物送りまくったから覚えた。
「これが資料です。ひとまず、概要と沿革、カリキュラムの特色をレポートにまとめて提出するように。来週までです」
「…わかりました」
 またレポートかよ、と思いつつ茶封筒を受け取る。レポート大好きすぎだろ、と思うけど、レポートでも提出させないと俺がちゃんと中身を確認しないことをよくわかっているんだろう。だって面倒くさいし、そんなことやる前に掃除機とかかけたいし。
 パンフレットでも入っているのかと思ったら、茶封筒は結構軽い。何だこれ。不審そうな俺の顔色を読み取ったのか、保坂が薄ら笑った気配がした。恐る恐る顔を上げる。
「中身は映像アカウントのパスワードになっています。流し読みは出来ませんよ」
 適当にぱらぱら読んで抜粋しようと思ったのに。完全に読まれてるらしい、ということを痛感する。いやまあ、俺保坂に勝ったことないけど。いつも負けてるけど。
 レポートか、面倒くさいな…。映像ディスクってどれくらいあるんだ、短いといいなぁ、と思っていると、追い討ちをかけるように保坂は言う。
「来週からは、受験対策をはじめますので、覚悟しておくように」
「マジですか」
 反射的につぶやいたら、嫌そうに眉を持ち上げる保坂の顔が飛び込んでくる。俺は慌てて、一つ咳払いをしてから口を開く。
「頑張ります」
 来週から俺死んだな、と思いつつ。

 夕食の買い物をしてから、家に帰った。誰もいない家はがらんとしていて、一層物寂しい感じがする。振り払うように台所へ向かい、包丁をふるった。
明日爺ちゃんに持っていくおかず(ご飯の進むおかずがいいというリクエストだったので、小さく切って食べやすくした煮物にするつもり)の下ごしらえを終えてから、茶封筒を引っくり返す。
 中から出てきたのは、掌サイズの紙に書かれたURLとアカウントパスワードらしき数字の羅列。パソコンで読み取ると、Loadingの文字が流れた。上の部分にタイトルが表示されていて、神世学園概要と書いてある。神世学園。聞いたことないな、と思ったけど保坂が持ってくる学校だし、有名校ってことはないだろうって思ってたのでこれは予想通り。
 タイトル部分に触れると、新規ウィンドウが開く。「神世学園」オフィシャルページが現れるけど、無駄にマスコットキャラクターが踊り狂ってたりしなかったから、ちょっと好感度。シンプルな作りみたいで、アニメーションは多用されていない。
 ざっと読んでみるけど、大したことは書いていなかった。私立高校ではあるものの、国公立高校と近い地位を持つ準官高校であること。上級士官学校に多くの合格者を出していること。(進学先がすごかった)独自のカリキュラムを採用していて、3年間努力すれば確実に士官候補生の道が開けるということ。
 内容としては抽象的で、そんなに詳細な情報はなかったけど、大雑把な中身だけで気後れするには充分だった。大体、準官高校ってことは結構なエリートじゃん。しかも進学実績が半端ない。俺が行くと思ってた公立高校じゃ、10年かかっても一人も合格しないだろう帝都仕官学校に、毎年20人近く受かってるんだけど。何これ絶対俺場違いだろ。
 意気消沈しつつ、ウィンドウを消した。残るのは、ダウンロードを完了して再生されるのを待つ画面のみ。正直あんまり見たくない。こんな学校に入れると思えないし、だけど絶対来週から保坂によるスパルタ受験塾が開始される。これから見る学校がすごければすごいほど、来週からの地獄具合が増していくということで、見ても楽しくないに決まっている。
「……」
 落ち込むだけだとわかっているのに、俺の指は再生ボタンに伸びていく。ここで見ないでレポートをばっくれても、精神的に八つ裂きにされる。それならとりあえず、来週の締め切りだけは提出して争いを回避しよう。俺の頭の悪さにキレるのも、来週以降だろうから。たぶん。
**

 再生ボタンを押すと、まず真っ白な画面が現れる。それから「神世学園」というタイトルが浮かんで、アナウンサーみたいな女性の声が流れてきた。後ろに流れている曲は、少しアップテンポだけど、騒がしくはない。
 画面サイズを調整してから、椅子に座ったまま画面を眺めている。どうやらキャラクターなんかは存在しないで、ナレーターだけで話が進む構成らしい。画面は真っ白から淡いブルーに変わり、次に日本列島が映し出される。たぶんさっきまでの青は海ってことだろう。画面は段々速度を増して降下して行き、切り替わると海に浮かぶ島が映し出される。写真ではなくイラストになっていて、どうやらアニメーションで進むらしい。こういうのって、実写がほとんどなのに珍しいな、と思っていたらナレーションがとんでもないことを言った。
『神世学園は、本州から40kmの所にある人工島に建てられた学校です』
 さらりと言うけどちょっと待て。離島? 人工島? 何それどういうこと。
 聞き間違いかとも思ったけど、画面の中に浮かんでいるのは紛れもない島だ。自然環境を説明する段階で、「周囲は海に囲まれており」なんて言っている。島だ。
『生徒は島内に配置される12の寮で3年間を過ごします。必要な設備は全て整っており、快適な住環境において勉学に励むことが可能です――』
 例に出された寮内部は、確かに綺麗だった。大きめなシステムキッチンに、乾燥機まで置いてあるとかそれは確かに快適だろうけれども。だけれども、島ってどういうことだ。聞いてないぞ。島なんか行ったら、簡単に帰って来られるわけがない。気軽に顔を見られないなんて、そんなの冗談じゃないんだけど。大体寮生活って、赤の他人と一緒に暮らすなんて俺そんなこと出来る自信かけらもない。
 ぐるぐると考え込んでいる間にも、映像は進んでいく。気づけば神世学園の歴史に話が及んでいて、慌ててメモを取る。とりあえずレポート用にメモは取っておかないといけない。こんな所行くか! と思っているのに、レポートのためのメモは忘れないんだから、我ながらよく訓練されていると思う。というか飼い慣らされている。わかってるよ、ちくしょう。
 聞いたこともないこの学校は、御中財閥総帥が創立したらしい。御中財閥は、2012年に創業したバイオ企業で、着々と事業を広げて行き、バイオ技術とロボット工学にかけて世界でもトップに君臨している会社だという。一般家庭用品より、病院や軍隊とか専門性の高い部署向きの企業のようだ。道理で俺は知らないはずだ。
 学校としての創立は、40年くらい前なので、丁度世界中が鎖国化していった時期だ。この辺はテスト範囲だったから覚えている。何でもこれからの日本のためには教育が欠かせないと踏んだらしい。変わった人もいるよな、と思う。それとも40年前にはまだ、未来のことを信じていたんだろうか。まだ取り戻せると、やり直せるんだなんて。今の俺たちは、そんなの嘘だってことをよく知っている。どんなに頑張ったって、未来は良くならないだろう。このまま衰退していくだろう。どうしようもなく終わりに向かうしかないのだと、はっきりと理解してしまっているのだから。
 でもまあ、と思う。40年前じゃまだ、ゼットウィルスも発見されてないんだから仕方ないのかもしれない。確か、ゼットウィルスの爆発的流行までは人口も順調に増えてたし、日本の黎明期だとか騒がれてたらしいし、そりゃ未来に夢くらい見ちゃうかもしれない。今じゃ全部、空しい夢でしかなくても。
 若干しんみりした気持ちになっている間にも、映像は進んでいく。どうやら無駄にクオリティが高いらしく、アニメーションの動きがいちいち滑らかだ。背景もちゃんとしていて、島内部を歩いてみよう、という映像なんてアニメ映画でもおかしくない。というか、いちいちこんな手の込んだことしないで、普通に実写にすればいいのに。
『神世学園では、一般教養科目の他に専門科目も豊富です。豊かな自然の中で、基礎体育・応用体育・演習基礎・実践演習・武道・基本医療・応用医療・武具装備実習などで腕を磨きましょう』
 さわやかな台詞にげんなりした。羅列される科目は明らかに実践系、しかも容赦がないタイプだと思う。だってわざわざこんな離島でやるわけで、適当にやっつけとくものじゃないだろう。絶対ガチ勝負だ。手を抜いたらやられそう。
『さらに、神世学園で最も特徴的な授業とも言えるのが、Operating Exerciseです。実際の前線を模した授業で、ロボットの操作スキルを覚えます。豊富な授業時間により、基本的な操作はもちろん士官学校へ進学後も周囲と差をつける応用力が見につきます』
 一息に流れた台詞に、ハテナマークが飛び交った。何だって。一体何の授業だって言った。しかもロボット操作って、どこで動くやつ? 前線とか聞こえたのは気のせいだよな?
 逃避しかかるも、無駄に優秀な学校案内は、丁寧に判りやすく説明をしてくれた。Operating Exercise――前線で活躍するロボットを遠隔操作し、擬似的に前線を体験する授業。とりあえず動かせるようになっておこう、みたいな生半可なものじゃなく、勝ちにいくことを前提としたタイプだ。しかもチーム制で、一人が足を引っ張ると必然的に他のメンバーにも迷惑が及ぶという鬼畜システム。うん、無理だろこれ。
 本来使用されているロボット使ってるみたいだけど、国直轄ならともかくいくら準官とは言え、そんなの使っていいのか。結構な機密事項なんじゃないのか。どうなってるんだよこの学校、と思ったんだけど。
「…あ」
 そういえば御中財閥ってロボット分野にも進出してたし、顧客が軍関係って言ってたよな。もしかしてこのロボットの開発関わってるんじゃないのか? それなら試作品とかもあるだろうし、そこから似たようなもの作るのだって簡単だし。そうだとしたら、本気で軍部使用ロボットかよ。笑えない。
 笑えないついでに、アニメーションである理由も何となく理解した。たぶん、実写にして見せるとまずいものが映ったりするからだ。何か国家機密とか。それを回避するために、わざわざアニメ仕様にしているんじゃないかと思う。
 映像はよどみなく進み、生徒の一日の流れなんかを伝えている。ぼんやりと眺めながら、つくづく思っている。やっぱりこの学校、普通じゃない。俺みたいなのが受かるとも思えないから、心配する必要はないのかもしれないけど、俺は全力で足手まといになる自信しかないぞ。