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Note No.6

小説置場

勧酒

「終末の砂時計」

「そういえば、今回の総司令ってあやめ先輩だろ?」
 久しぶりの居酒屋で、乾杯をしてから聞いてみる。もう終わったことだし、別に機密に触れるような話ではないから気軽だ。一応個室だけど、聞かれたところで被害があるわけでもない。
 晴乃は一息にビールを飲み干してから、「そうです」とうなずく。お通しを上品に箸で平らげつつ、「1年半ぶりでした」と続ける。
「頼人くんは? 最近、あやめ先輩に会いましたか? 先輩寂しがっていましたよ」
「あー…今年の年始会で遠くから顔見たけど……ちゃんと話したのって、3年くらい前? かも?」
「3年前ですか?」
 それは随分ご無沙汰ですね、と言いつつ次々と注文を出していく。何がいいですか、と聞かれるからオムそばと厚揚げを頼んでおく。晴乃は軟骨に手を伸ばした。
「今年の異動で、善先輩と相互貸借関係の部署になったようで、久しぶりに善先輩と共同任務に当たっているらしいです。それで今回は、私とワコ先輩がいたので、こうなったら後はよりりんだけだね! と張り切ってましたけど」
 目に浮かぶようだった。てか、あやめ先輩しょっちゅう異動してるから、一体今どこにいるかとかわかんねーんだよな。しかもあの人出世頭だから、そろそろ大佐とかだし。目上の人すぎる。
「あれ? でも、任命式典出てるだろ。ならうちの所来てるんじゃないの?」
 位があがるごとに行われる式典はうちが管轄だし、俺も事務手続きはやってるし。あやめ先輩を見かけていてもおかしくないし、足を運んだついでに急襲するくらい朝飯前の人間だ。近寄る機会がないほど忙しいならまだしも、ちょっとしたついでに訪れることならやりかねない。でも一度も会っていないし、顔をあわせたこともない。ということは、ちょっとしたついでもないということだ。晴乃は俺の言葉に、至極楽しそうな笑みを浮かべた。
「あやめ先輩、式典出ませんから」
「え、もしかして全サボリ?」
「全サボリです」
 ばっちりと肯定されて、あやめ先輩らしいなぁと思った。さすがだ先輩、昔からそういう式典はだるいとか言ってたけど、今も変わらないのか。ある意味一貫してるよな。
「注意されないの?」
 注意されないわけないじゃないですか、と言った晴乃は「あやめ先輩と同じ部署じゃなくてよかったなぁ、と心から思いましたよ」としれっと言ってのけた。確かに、同僚・部下・上司、どの立場でも何かを言われるだろう。実力あるから下手に文句も言えない所が質悪いと思うけど。
「つーか、それでも昇進出来るんだからすごいっていうか」
 これだけ周りを蔑ろにしていると言うのに、結果だけはきちんとついているから、結局昇進させないわけにはいかない、という妙なジレンマがあるんだろう。それでも、慰留のままにしない辺りは良心的な気もするんだけど。
「でも、あやめ先輩は昇進したくないって言ってましたよ」
「ああすっげえ言いそう」
 軟骨を放り込み、咀嚼しながらうなずいた。確かにあの人は、現場で指揮を取っていたいタイプの人間だ。あんまり上に行ってしまうと、結局現場から遠ざかることになってしまうから、嫌がることもうなずける。
「だけど上も、あやめ先輩現場から外すのかね。成功率阿呆みたいに高いじゃん」
 志摩あやめが陣頭指揮を執る作戦は必ず成功する、という妙なジンクスがまことしやかにささやかれているのだ。今までの作戦が全て成功したか、というとそういうこともないので、事実ではない。ただ、「絶対無理だろ」と言われていた作戦を成功に導いたことが何度もあるのは嘘じゃないので、半分くらいは本当、という所だろう。
 追加の品が運ばれてきたことを告げるランプが灯り、取り出し口からビールと食べ物を取り出す。もう一度乾杯して、晴乃は美味しそうにビールを飲む。半分くらい飲んだ所で、口を開いた。俺への返答なんだろう。
「たぶん、特別階級という所が妥当だと思いますよ。本人も昇進を切に望んでいる訳じゃないですし、上層部も『功績を不当に評価していない』なんて言われることもないですから」
「その辺が落とし所だよなぁ」
 厚揚げを口に入れると、ふわっとした食感と火傷しそうな熱さが同時にやってくる。やっぱり出来たては美味しい。晴乃もはふはふと厚揚げを食べていて、心底幸せそうだ。
「頼人くん、今度厚揚げ作ってくださいよ」
「いいけど、豆腐揚げるだけだぞ」
「揚げ立て食べたいじゃないですか」
「それは確かに」
 揚げ立てというだけで、美味しさは倍以上になる。つまみにも丁度良いし、こうなったら豆腐にもこだわるべきだな、と考える。よし、今度の休日は美味しい豆腐屋探しだ、と結論を出した。
「久しぶりに頼人くんの料理が食べたいって、先輩たちも言ってましたよ」
「そういえば、俺もこの前善先輩に会った時言われたな」
 事務手続きに来た善先輩を見かけて声をかけたら、真顔で言われた。そう言われると腕をふるいたくなるので、もうこうなったら全員呼んだ方がいい気がしてくる。それを告げれば、晴乃もうなずいて同意を示した。絶対そうした方がいいですよ、とも。
「そうでもしないと、あやめ先輩のことだから何か作戦を練ってきそうです」
 真顔で言われて、思わず顔をしかめた。うわー…という気持ちになるのは、あやめ先輩ならどんな手段を使ってでも目的を達成すると知っているからだ。狙われたら絶対に逃れられない。
「しかも今回は、ワコ先輩も参戦する可能性が非常に高いです。久しぶりにあやめ先輩の指揮で戦って、色々思い出したみたいで」
 学園時代のことを言っていることはわかる。何せあの二人、三年間同じチームだったわけで、呼吸もばっちりお互いの考えてることがよくわかっているのだ。やりやすくてたまらなかっただろう。
「うわー…一応聞くけど、あやめ先輩の作戦って昔と変わった?」
 絶対変わってないよな、と思いながら尋ねた。晴乃は、それはもう晴れやかな笑みで言い切る。
「より一層えげつなくなってます」
「いーやーだー」
 昔からやらしー所をピンポイントで攻めてくるような人だったけど、それに磨きがかかってるとか本当勘弁願いたい。晴乃は至って楽しそうな顔を崩さず、ビールを飲んでいる。
「出来るか出来ないか、ぎりぎりのラインで作戦持ってくる辺りも変わってないですよ」
 あやめ先輩って本当に、人の能力を量るの得意ですよね、とのんびり言う通り。あの人の厄介な所は、無理! と言いきれない微妙なラインを常に持ち出してくる所だ。結局それに釣られて、限界のラインを強制的に飛び越えさせられることになるわけだが。
「ほんっと変わらないなぁ」
 呆れた口ぶりだけど、晴乃はわかっているだろう。あの頃とまるで変わらない人たちの話をしながら、思っていることなんて。色褪せない記憶の中にいる人たちに、会いたいと願っているなんて、きっととっくにお見通しだ。