Note No.6

小説置場

君の名前

 同じ学校出身で3年間一緒にチームを組んだ同期が、すごい名前で呼ばれているのを知った。発端は新しく顔を合わせた部下の一人と話している時だった。そういえばお前、もうすぐ外回りだっけ、とか聞いたのだ。あまり前線に縁がない部署なので、それを改善しようということなのか、別の部署へ応援に行くことを外回りと言う。前線に出るわけにも行かないので、結局前線部隊に関連する事務を行うくらいのものだが。
 部下はそうです、とうなずいてやたら張り切っていた。前線と関わりが出来ることを心待ちにしている風情だったので、どういう理由があるんだろう、と思ったのだ。だから何がそんなに楽しみなんだ、と聞いてみたら、上ずった声で、きらきらと目を輝かせて言うわけだ。「戦場の女神」に会えるかもしれないじゃないですか!
「……戦場の女神? 何だそれ」
 どんな大層な名前だよ、と思ったら「救世主」とか「救国のアテナ」とかもありますよ、と言うので、益々一体それはどこのゲームの話かと思う。そういうキャラクターいそうだよな。俺の反応が面白くなかったのか、部下は唇を尖らせて説明してくれた。何でも、彼女がいる部隊はどんな絶体絶命な状況に陥ろうとも、無事帰還出来るらしい。それだけに飽き足らず、もう駄目かと思われた戦況に颯爽と現れ敵を撃退し、勝利に導いたことも多数。何という生きた伝説。
「政見大尉、ご存じないですか」
「残念ながらご存知ない」
 一体誰のことだよ、と思っていたら部下は何やらパソコンをいじりだす。何度も表彰されてるんですよ、すごく強いんですから、という言葉から察するに、部内報辺りをあさっているんだろう。表彰されてるならどこかで顔が出ていてもおかしくない。しかし、これだけ伝説扱いされてると何かと面倒くさそうだけどな。ぼんやり思っていたら、嬉々とした顔をして俺の画面にデータを送ってくれる。
「憧れの楢崎上級大尉です!」
 飲んでたコーヒー吹いた。思いっきりむせながら画面を確認すれば、確かに見知った顔がある。ものすごくよく知っている。当たり前だ、3年間寝食共にして何度も作戦一緒に参加してれば忘れるわけがない。ってか今でも普通に連絡取ってる。いや確かに強いけど。帰還率結構高いのも知ってるけど。一対一ならほぼ敵なしってのもよく知ってるけど。
 部下は俺の反応に眉をひそめていたけど(何コーヒーこぼしてるんですか、汚いですよ)、晴乃の略歴を眺めていて気づいたらしい。上司の略歴は頭に入っている人間なので、合致に気づいたんだろう。同じ年に同じ学校卒業してるとか。
「あれ。政見大尉、楢崎上級大尉と同期生でいらっしゃいますか」
「……うん、まあ」
 同期所かチームメイトだ。むしろ一番晴乃に助けられていたのは俺のような気がする。晴乃の強さをあの時期もっとも目の当たりにしていたのは確実に俺だろう。部下は俺の返答に、わかりやすく顔を輝かせた。そりゃ、憧れの人間と近い人物が現れたんだからこの反応もうなずけるが。
「楢崎上級大尉はどういった方でしたか!」
「すごく強かった」
 うっかりチームメイトだったことをばらそうものなら、朝起きてから夜眠るまでの行動を報告させかねられない。それだけは避けたいので、単なる同学年の有名人という体で当時のことを語っておく。格闘武道大会で連覇しすぎて殿堂入りとか、その辺聞かせておけば問題ないだろう。

「――ってことがあったわけだが」
 本日非番の晴乃に向けて、開口一番言ってみた。晴乃は若干困った風に「ついに頼人くんの耳に入りましたか」なんて言っている。予想はしてたけど、やっぱり嬉しくないらしい。目立つの嫌いだしな。
「冗談で言われることはあったんですけど、最近はよくその名前が一人歩きしてるみたいで」
「あー…この前、生存者ゼロ確実の所から帰還したから?」
「たぶんそれです」
 生きて帰って来られるのは嬉しいんですけど、とつぶやいてから溜め息を吐く。確かにまあ、別に有名になりたくてやってるわけじゃないし、妙な名前をつけられて崇められるのも居心地は悪いんだろう。
「士気が上がることは喜ばしいんですけどね」
 眉を下げて笑っている。モチベーションが上がるに越したことはないけど、目立ちたくないなぁ、ということだろう。目立つなって方が難しいと思うけど。
「気持ちはわかるけどな。絶体絶命の時に颯爽と現れて、ばったばったと敵をなぎ倒すとか。そりゃ、大層な名前もつけたくなるよ」
 もう駄目だと思った時、目の前に現れる一人の人物。黒髪をなびかせて、凛として立っている。しなやかな動きで、軽やかに跳ね回るように、敵を地に沈めていく。その姿を前にして、圧倒的な力を目の当たりにして、心震えない人間などいるものか。晴乃は俺の言葉に、面白そうに尋ねる。
「それは実体験から?」
「そう。もう駄目だヤバイってなって助けられた時、本当女神とかに見える」
 実習の時に散々お世話になっている俺が言うのだから間違いない。女神っていうか天使っていうか、何が何でも感謝したい衝動に駆られる。何よりも、後ろから見るその姿は言葉では表せないほどに美しかったから。晴乃を女神だと言いたい気持ちもわからないではなかった。
「でも嫌なら、あやめ先輩とかに言っとけば? 綺麗に噂消してくれるだろ」
 そういうことも好きな人である。晴乃は「その内頼んでみます」と答えるので、どうやらしばらくは放っておこうという判断らしかった。今すぐじゃなくていいのか、と思った俺の顔を読み取って晴乃は答える。
「しばらくは、頼人くんもそう思ってたんだなって噛み締めて楽しみます」