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Note No.6

小説置場

グラウンドゼロ

「終末の砂時計」

 油断していたわけではなかった。それでも結果からすれば単なる言い訳でしかないのだとはわかっているけれど、警戒を怠っていたつもりはなかった。まったく突然に、降って沸いたように敵が現れるなど予想もしていなかった。
 もちろんすぐに臨戦態勢に入った。オロチを操作して敵を迎え撃ち、持った銃で応戦する。銃撃音。土煙が上がる。敵機が迫る音が響く。減らない。送られてくる情報は、大量の敵機投入を告げていた。一気に攻め落とすつもりなのは見て取れる。
「退避! 総員退避!」
 隊長の声が響く。この物量では太刀打ち出来るはずもなく、当然の判断と言えた。テントから外を窺い、隙をついて脱出するべく辺りの気配を探る。囲まれている。手薄な場所を攻めて道を開くしかない。隊長と目配せしあい、作戦を確認する。まず先頭の私が道を開き、隊員が続く。大丈夫、私ならそれが出来る。帰さなくては。卒業したばかりで初めて前線に来た隊員を、何度も修羅場を潜り抜けた歴戦の隊員を、こんな所で失うわけには行かない。そして私も、帰らなくては。
 今まで以上に神経を研ぎ澄ませる。情報操作士から伝えられた情報を元にして、最も攻めやすいポイントを探った。場所に注意して、全体を見渡して、機械の特性を思い浮かべて、全てを紡いで導き出されるただ一点。ここまで歩いて来た私の全てが答えを告げる。どこに向かって何をすればいいか、躊躇う必要はない。
 次の行動は隊員全てが理解していた。だから私はただ動くだけでよかった。最初の一発でメインユニットを破壊し、動力を奪って完全に不能にしてしまえばいい。コンマの間にシミュレーションを終えて飛び出そうとした、瞬間。
「――っ」
 ぎくり、と身体が強張った。隊長が不審そうな顔を向け、遅れて隊員たちも反応しようとした。だけれどその前に、反射的に声を出す。近づいてくる。全てを破壊し押しつぶすほどの、圧倒的な何か。近づいてくる。いけない。
 言葉になったかはわからない。それでもかろうじて意味をなしたのか、地面に伏せる隊員たちを目の端に捕らえた刹那、暴力的な光に包まれた。
 意識を失っていたのはどれくらいの時間なのか。硝煙の匂いとともに鼻についたのは、焼け焦げた木と機械特有の油、嗅ぎ慣れた血の匂い。一瞬揺らいだ視線の向こうには、機械の残骸と一緒にいくつかの肉片が飛び散っていた。
 目を閉じ、すぐに開く。視界は明瞭さを取り戻して、事態を正しく把握する。えぐれた地面と見通しのよくなった光景から見て、爆弾が落とされたことは間違いない。まさか前線基地ひとつを潰すためにここまでの労力をかけるなど、一体誰が思うだろう。判断が甘かった。もっと相手の出方を探るべきだった。
 しかし、いくら後悔をしても仕方がない。もう結果は出てしまったのだ。先ほどの爆撃で生き残ったのは2割程度。しかもその2割の内、無傷の者は存在しない。衛生兵も爆発に巻き込まれた。満足な治療器具もない。ここから脱出することはもちろん、一時間生き延びられるかも危うい。
 心はしんと落ち着いていた。通信が破壊される前に応援要請は果たした。緊急事態はすぐに伝えられただろうから、部隊が派遣される。しかし、どう早く見積もっても到着までには半日以上かかる。それまでに生き残った人間がいるか。悩むまでもなかった。答えは否だ。
 かろうじて即死を免れた人間は、呻き声をあげて地に伏している。腕がないもの、内臓が見えているもの、目をつぶされたもの。誰もがボロボロの状態で、むしろまだ死んでいないことの方が不思議なくらいだった。人間というのは案外丈夫に出来ているのかもしれない。足を吹き飛ばされても、まだ生きていられる私のように。
「――応援要請は本部に伝えられています。すぐに部隊が派遣されます」
 気休め程度の止血を施してから声をかけた。お腹に力を入れて、明瞭に、いつものように。隊長はもういないのだ。次に階級が高いのは私なのだし、上に立つ人間がどうあるべきかなんて、よく知っている。
「…楢崎大尉、ご無事でしたか」
「もちろんです。伊達に反射神経がいいわけではないですよ」
 軽口のように、まるで日常の一部のように。意味なんてないのかもしれなかった。それでも、私が出来ることはきっとこれくらいなのだろう。私が最後に出来る役目を、徹底的に果たさなくては。
「はは、さすが楢先大尉です。私はちょっと、駄目だったみたいです」
 別の隊員が口を開いた。彼女は苦しそうに顔をしかめていて、息も荒い。無理に吐き出した言葉も、軽口めいてはいるけれど弱々しかった。私は気づかないふりで答える。
「救助部隊が来たら、そんな顔をしては駄目ですよ。部隊の沽券に関わるんですから」
 彼女は私の言葉に、力なく笑った。そうですね、何てことないって顔をしていなくちゃ…、という言葉が口の中へと溶けていく。ゆるやかに上下していた胸がゆっくりと平らになっていく様子を、ただ見ていた。
 かろうじて意識のある隊員たちに声をかけていく。その間に事切れてしまうことも多かった。私がやっていることにはきっと何の意味もないんだろうと思う。途切れてしまいそうになる意識を奮い立たせて何でもない話をする必要はない。それなのに。
「空が綺麗ですよ」
 きっと最期の場面でも、こうして美しいものを教えてくれる人を知っていた。何の意味もなくても、滑稽にしか見えなくても。最期の瞬間まで人間であろうとすることの愛おしさを、私は何よりも信じていた。