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Note No.6

小説置場

果断

 志摩あやめがすぐさま的確な判断が出来たのは、事前に参加者を全員把握していたからだ。ほとんど習慣といっていい行動で、特に深い意味はなかった。今回のように、合同の基礎演習などは参加者が多方面に渡るため、かなりの大人数になる。尚且つ実践ではないため、いちいち律儀に全員を把握する人間などそういない。
 しかしそこはあやめである。習慣とは恐ろしいもので、当たり前のように情報収集を行い、結果としてすべての人間を把握していた。それが後にどんな重大な意味を持つかなど、当の本人も知らなかったのだが。
「隊長」
 あまりにも突然の事態に、まだ動揺の残る上層部にあやめは赴いた。隊長格の集まるテントでは、恐らく適切な人選を行っているだろうことは想像に難くなかった。彼らの取る行動くらい、あやめとて予想出来ないわけがない。
 とりあえずは分隊長という地位を獲得していたあやめは、かろうじて面会が許された。これが一兵卒では、直に顔を合わせることもかなわなかっただろう。その辺りは自分の能力に感謝しないとね、などと呑気なことを思いつつ、あやめはテントへ入る。
 机の上は綺麗に整頓されており、計画を示すものは残されていない。それでも、閉じられた本の表紙であるとか、壁に残されている写真の内容、さっきまで開いていたであろうファイルの種類などから、自分で考えた仮説が間違っていないことを確信する。
 少数精鋭による侵攻作戦。そう言えば聞こえはいいが、要するに単なるゲリラ作戦と言っていい。それに足るだけの人物を選定しているのだろうが、成功率が高いとは言いがたいだけに、一体誰を送り込み、誰を残すべきか、でもめているに違いない。
(まあ、火中の栗って感じだしねー)
 だからといってこのまま有耶無耶に出来るわけもなく、誰かは送り込まなくてならないのだ。手をこまねいて事態を静観する、という選択肢は存在しない。
「A-24分隊長、ナンバー003893志摩あやめです」
 敬礼をしてから隊長たちを眺める。一番説得が厄介そうなのは――と視線を巡らし、西方地区第三部隊隊長だと判断した。恐らくうちの隊長は、内心諸手を挙げて送り込んでくれそうだな、と思いつつ、あやめは口を開いた。
「この度の作戦に、是非とも参加させていただきたく参りました」
 誰かがいかなくてはならない、かといってあまり優秀な人間を送り込むには、成功率が低い。そんな場面に、自分から志願してきた人間がいるとは、正にふってわいたような話だろう。
「少数精鋭の侵攻作戦であれば、フォーマンセルが最も有効と存じます。その隊長に私を任命していただきたい」
 あやめの部隊長はその言葉に、わずかに顔をしかめた。それは「志摩のヤツやっぱり読んでたか」という意味であり、あやめの厄介さを最もよく知る人間であるためだ。あやめは質問をされる前に、恐らく隊長たちが考えているであろう作戦を確認のように口に出す。ついでに、どういう理由でその結論に至ったのかも付け加えておく。いちいち質問される時間が惜しい。
「――というわけですので、隊長を志願します」
 他の誰でもない私であれば、確実に任務を遂行できる。万が一失敗しても、代わりが利くので問題ない。そういった言葉に、癇に障る発言も加味しておいたので、隊長たちは自分の任命を躊躇わないだろう、という判断があった。作戦が成功したら儲けもの、失敗しても腹立つやつがいなくなるだけ、というどっちに転んでも美味しい話なのだから。
 総隊長はあやめの言葉に、ひとまずはうなずく。しかし、「義侠心に溢れた愛国者が存在してくれて助かった」などと素直に感謝する人種では、総隊長になどなれるわけがない。隊長としての資質も疑われるわけで、要するに裏があることくらいは充分承知しているのだ。
「それで、志摩分隊長。あなたの望みは?」
「フォーマンセルの任命権をいただきたい」
 もちろん、分隊長以下から任命します、と付け加える。まさかエリートたちを引き連れていけるわけもないし、毛頭その気はない。それはそれで興味がないこともなかったが(エリートたちを自分の指揮で動かすのも大層醍醐味があるだろう)、今求めているのはそういうことではなかったのだ。己が思う史上最強のフォーマンセルを作る、それが一番の目的なのだから。
「東方地区E‐19分隊所属宝谷紀和子、東方地区Y-05分隊所属柿木善、西方地区F隊所属楢崎晴乃。以上3名の指揮権を私に譲渡していただきたい」
 宣言した瞬間最初に動いたのは、あやめの予想通り西方地区第三部隊隊長だった。晴乃の戦闘能力には目を見張るものがあるからこそ、易々手放すことはないだろうと踏んでいた通り、難色を示す。しかし、あやめは意に介さない。
「このフォーマンセルで了承がいただけなければ、発言は全て撤回します」
 要するに、希望が通らなければ任務は受けない、志願も取り消す、ということなのだ。あやめは表情の読めない顔をして、隊長たちを見渡した。
 恐らく彼女たちはこの提案を受ける。なぜなら、前途が有望だとしても未だ単なる一兵卒ではないからだ。さすがに、エリート三人を引き連れていきたい、と言えば全て叩き落されるだろう。だが、一兵卒を3人だ。最も有望視されている晴乃とて、未だ「期待の新人」の域を出ない。誰かが行かねばならず、かといって誰もが己の部隊から人を出したくない、などと思っている所に現れた、稀有な志願者。見返りは一つ、実績のない一兵卒3人の指揮権を得ること。
 それを安いと思うのか、それとも無茶だと言い張るか。あやめはゆっくりと口を開いた。
「さて、ご決断を」