Note No.6

小説置場

久闊

 楢崎晴乃が分隊長に打診されたのは、極秘裏に決行される少数精鋭の侵攻作戦だった。まだ決定ではない、お前に決断権がある、と言われて晴乃は首を傾げたが(軍部における個人の決定権など、絵に描いた餅より意味がない)、テントをくぐって大体の事情を理解した。
「やっほー、はれのん!」
 満面の笑みで晴乃を迎えたのは、学生時代の先輩である志摩あやめだった。彼女の登場で、恐らく某かの取引だとかが行われ、結果として「個人の決断権」辺りに落ち着いたのだろうな、ということを察した。あやめとはそういう先輩だった。
「お久しぶりです」
 深々と頭を下げると「わあ、変わってないねぇ」と心底嬉しそうな答えが返ってきた。晴乃も一つ笑みを返し、すでにテント内にいた二人の人物へ挨拶を向けた。
「ワコ先輩、善先輩、お久しぶりです」
 同じく学生時代の先輩である二人だ。特殊な私立高校であったため、同じ寮で暮らし、一つ屋根の下で過ごして来た。生活の全てを共にし、多くのことを共有してきた彼女たちとは、ただの先輩・後輩では片付けられないことが多くあった。
「久しぶりね。元気そうで何より」
 薄っすらとした笑みを浮かべるのは、あやめと同い年の宝谷紀和子だ。美しい栗色の髪に白い肌は、作り物めいた雰囲気さえ漂わせている。誰が見ても息を飲むほどの美貌がそこにある。
 紀和子はそっと微笑を浮かべた。それは怜悧さと強さを併せ持ち、ある種の暴力性さえ感じさせると言ってよかった。何もかもを根こそぎ破壊しつくすような、平静を保っていられなくなるような。いっそ凄惨と呼べるような美しさだった。もっとも実態の残念さについては、晴乃はもちろん、テント内の人間が知らないはずがなかった。
「ワコ先輩の方こそ、お変わりありませんか」
「ええ、至って健康。そうそう、ニシキにジュニアが出来たわ」
「それはおめでとうございます」
 丁寧に祝いの言葉を述べる晴乃は、「ニシキ」が何者であるかを知っていたので、ジュニアの示す意味も正しく理解していた。ニシキは紀和子が作ったヘビ型ロボットで、学生時代から大変可愛がっていた。当初こそ驚きはしたものの次第に慣れて、寮の人間たちは「ニシキ」と呼んで可愛がっていたものだ。そのニシキにジュニアが出来たとは、文字通りのジュニアを紀和子が作った、ということだろう。彼女は常識の代わりに機械工学を頭に詰め込んでいる人間なので、それくらい朝飯前だ。
「善の所に養子に出したんだけど。晴乃はどう?」
「はれのんには必要ないと思うよー?」
 紀和子の言葉を、あやめはばっさり切り捨てる。武闘派のはれのんじゃ、ジュニアの使い所ないし、と言い切れば紀和子は「それもそうね」とうなずいた。
「善なら使ってくれるだろうけど」
 言って紀和子が視線を向けたのは、軍帽を深く被った柿木善である。帽子をかぶってもなおはみ出す髪はあざやかな金色をしており、こちらをひたと見据える目は静かな青色をしていた。
「色々と重宝はしています」
 情報収集に特化していて有難いです、と言う善は昔から空間把握能力が高かった。どうやら、事あるごとにジュニアを放っては地形情報などを集めているらしかった。善先輩も変わらないなぁ、と晴乃はほほえましい気持ちになる。まるで、あの頃に帰ったようだ。もっともここには、一番重要な人がいなかったけれど。
「それで、あやめ。まさか久々の再会祝おうというわけじゃないわよね?」
 ゆっくりと紀和子が尋ねれば、善もうなずいた。晴乃も同意を示し、「まさか後方部隊が突然登場とかしませんよね」と口にした。あやめならやりかねないと思ったからだ。しかし当の本人は「まっさかー」と笑って首を振る。
「さすがによりりんは召喚してないよ」
 同じ時代を同じ場所ですごした一人の少年を、誰もが思い浮かべた。心やさしく優柔不断な、決して目立つことのない、ありふれた強さを備えた少年。口にはしなかったけれど、きっと全員が知っていた。彼がいなくては始まらなかった。彼でなければこのつながりは存在しなかった。ばらばらに過ごしていくはずだった彼女たちを結びつけた、たった一つのかすがい。
「まあ、この作戦が成功したらよりりんのいる後方支援部隊と合流出来ると思うけどね!」
 力強い口調で放たれた言葉に、3人は声の主を見た。あやめの言う作戦が、極秘裏に決行される少数精鋭の侵攻作戦であることは間違いない。そのためにここへ呼ばれたのだから。
「…あやめ先輩の仕業でしたか」
 善は淡々と言葉を吐き出した。自分が選ばれるなんておかしいと思っていましたが、そもそもあやめ先輩が指揮官だったんですね、という言葉に晴乃も同意を示した。成績が悪いわけではないけれど、それでも抜擢される要素もないはずなのに――と思いながらやって来たのだ。あやめの顔を見て大体の事情は理解したけれど、それにしたって精々部隊の一人くらいだろう、という認識だった。
 しかし蓋を開けてみれば、いるのは全部で4人だけ。これからさらに集合がかかるのだろうと思っていたが、あやめの物言いからして、最小単位のフォーマンセルで任務に臨むのかもしれない。むしろ、指揮官があやめであるならその可能性が一番高い。
「私が考える最強のフォーマンセルだからね。作戦成功は間違いないよ」
 自信に満ちた顔であやめは言う。彼女の指揮下で何度も困難な作戦を突破してきた。まるであの頃のようだ、と晴乃は思う。学生時代のあの頃、何だって出来る気がした。何だって守れるような気がした。その時と同じ唇で紡がれる言葉を、彼女たちは待っている。