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Note No.6

小説置場

時流

 それじゃあ、とあやめは言った。いたって当たり前の顔をして、今日の夕食をどうしようか、といった風情で、今回の侵攻作戦について詳細を語り始める。この場所の地形と一度目の襲撃から考えられる、敵の野営地の仮説。優先順位の高い順に一つずつ、それらを潰す手立てをよどみなく述べる。3人はただ無言で、その話を聞いている。
 あやめの言葉は的確で無駄がない。普段はどうでもいい軽口を叩いているが、実践の場で語られる言葉は、不要なものをそぎ落として構成されている。だからこそ、ただその言葉を耳に入れて咀嚼すれば、すぐに染み渡っていく。長い間共に過ごした彼女たちにとっては、あくびが出るほど容易かった。
 一通りを語り終えると、あやめは3人を見渡した。質問を促す視線に、まず手を上げたのは善だった。
「この南側の地点ですが、がけ下が崩れている可能性は?」
「あー、どうなんだろう。ここ最近の天気どうだったっけ?」
「晴天が続いてはいますが、局地的な豪雨は記録に残りませんし――晴乃」
 呼ばれた晴乃はすぐさま立ち上がり、テントから顔を出した。夜空を見上げて風の方向を確認し、空気の匂いを嗅いでから戻ってくると、善に向かってうなずいた。
「間違ってないと思います」
 その言葉に確信を得た善は、あやめへ言葉を返す。「あの崖下は崩れているか、もしくは近日中に崩れます」
 元々彼女たちの中でも、善というのは自然にもっとも親しんでいる人間だった。時に野生児と揶揄されるように、善は自然とともに生きてきた。天気を読むことも得意だし、数時間以内の天気の急変であれば察知することが出来る。
 くわえて、善の後輩である晴乃だ。彼女は善と同じように野生児というわけではなかったが、非常に鋭い勘を持っていた。他人の気配に敏感で、背後から近づくことの叶わない人種ではあったがそれだけではない。善と同じように、空気の流れや空の様子を読むことに長けていた。恐らくそれは、善のような動物的本能ではなく、武術を学んだ人間の持つ、研ぎ澄まされた感性のなせる技であろう。
 理由などは些細なことだ。とにかく、彼女たち2名は天気を読むことを得意としていたわけである。その二人が、最近雨が降ったことと、不安定な大気の様子を告げるならば、恐らく間違いがない。あやめはにやり、と笑みを深くした。
「ワコさん、水用機はどれくらいある?」
「ざっと12という所。それから――アオが3つ4つ、かしらね」
 電波は順調に送られているし、すぐにでもスリープモードは解除出来るわ、という言葉に、あやめがにんまりとした笑みを浮かべた。もはや隠す気すらもないようだ。完全にうきうきとした調子で、「オロチは一応2機まで使用許可出てるし」とつぶやく。
「プラスして、カスタマイズオロチ3つまでいけるわね。後で合流するわ」
 そろそろ使ってあげなくちゃ錆び付いてしまうもの、という紀和子の言葉に晴乃や善もうなずいた。
「ずっとじっとしてると固まっちゃいそうですもんね」
「良い機会でしたね」
 しみじみとした二人の言葉に、今度こそあやめは笑い声を立てた。抑えていたものが、ついにこらえきれなくなったらしい。周りには聞こえない程度に、それでも目に涙を浮かべて腹を抱えている。3人にはその意味がわかるので、どこか面白そうな笑みであやめを見ている。
「いやもうびっくりだよね。演習場所がこの島だってこと自体驚いたけど、まさかここでゲリラ作戦やることになるとかさ!」
 これは予想外だった! とからから笑うあやめの言葉通り。ここに集まった彼女たちは、学生時代この島に下り立ったことがあった。まあもちろん、許可なしの上秘密裏に、一部の人間しか知らない極秘行動ではあったのだが。
「その内同窓会やろっかなー! とか思って残しておいてよかったよね」
「おかげでアオとオロチが眠っているものね」
 スリープモードのアオやらカスタマイズオロチというのは、学生時代上陸した紀和子が残したものだ。人知れず無人島で暮らすのも、あの子たちの幸せかもしれないし…などと言っていた。
「善も完璧でしょ、ここの地理」
「当然です」
 一度踏破した場所ならば、善は決して忘れない。きちんと整理されて頭の中に情報がおさまっており、いつでも取り出すことが出来るのだ。極秘裏に訪れたのも、寮生同士の対抗サバイバルゲームのためだったものだから、それはもう入念に地理情報を把握していたのだ。
「多少の変化はあるでしょうし、それも念頭には入れていますが。概ねは変化がないようです」
 最初に訪れた時、善の所属部隊は島内を一巡りしていた。さすがは情報分析班地理室所属である。
「たぶんゲリラ作戦になるだろうなーって思ったからさ。はれのんがいてよかったよ!」
 満面の笑みで言うあやめの言葉通り、一撃必殺の攻撃能力を持つ晴乃の存在は中々重要だ。主な戦闘はオロチで行われるし、オロチの操作に関してはエキスパートの紀和子がいる。それでも、最終的に対人戦闘は避けられないだろう。いかに素早く、姿を見られず相手を倒すかは、ゲリラ作戦における最重要事項である。古代より続く暗殺武術を修めた晴乃の存在は、それこそ僥倖と言っていい。
「私たちと善はわかるけど、まさか晴乃がいるとは思わなかったわね」
 肩をすくめる紀和子の言葉通り、通常ならば入隊したての一年目の人間が合同演習に参加することはまれだろう。晴乃は少し首を傾げて答える。
「F隊は対人戦闘能力に特化した人間が集められているので――とにかく実践を積ませたいのだと思います」
 だからこそ入隊年数に関わり無く連れて来られた、ということだろう。それが結局吉と出たのだけれど。
「一回暴れ回っちゃった場所だから、私たちには庭みたいなものだからね。そんな場所でゲリラ作戦なんて、楽しくて笑っちゃうよ」
 今にも笑い出しそうな顔であやめは言う。極秘裏の上陸は、ばれたら色々面倒だし多方面に迷惑がかかるため、口に出来ない。それでも、この島が舞台でゲリラ作戦が実行されるであろう状況ならば、あやめには選択肢が一つしかなかった。
「それでは、神世学園4班5寮、久々の作戦実行と行こうか」
 他の誰でもなく、このメンバーならば確実に勝てると踏んでいた。技能はもちろん、この場所というのが味方している。何せ寮生同士の対抗サバイバルゲームの勝者は、他の誰でもない彼女たちだったのだから。
 決して理由は口に出来ないけれど、最もこの任務に適した人選だと、あやめは胸を張って言える。ここで功績を立てることは、後々自分たちにとっても都合よく働くだろう、ということも考慮に入れて彼女はこの任務を志願した。火中の栗だなんてとんでもない。あやめにとってこの状況は、幸運の女神からの贈り物だ。