Note No.6

小説置場

Ready?

 物理の授業を終えた頼人は、机の隣に掛けておいた鞄を探る。中から手帳サイズのパソコンを取り出すと胸ポケットに突っ込んで、そのまま教室を出て行った。休み時間中に移動を完了しなくてはならず、一秒でも遅れれば罰則が待っているのだ。
 廊下に設置された個人のロッカーから、ヘルメットとベストを取り出し、シミュレーション用の弾も補充する。扉を閉めた所で、クラスメイトから声をかけられた。
「頼人。そーいやお前今日、演習だったんだっけ」
「見ての通り」
 朝から迷彩着込んでるんだからわかるだろ、と付け加える。数少ない男子として連帯感を共有しているクラスメイトは、白い歯を見せて笑った。
 軍事ロボットの操作を覚えるための野外演習は、各学年入り乱れのチーム制だ。必然的に、同じクラスでも演習を行う生徒とそうでない生徒が現れる。野外演習のある日、生徒たちは基本的に朝から迷彩服を着ているので、今日は誰が途中から演習でいなくなるのかも一目瞭然である。
「今日はちゃんと最後まで生き残れよ」
 クラスメイトがしみじみとした調子で言うように、大概において頼人は模擬戦闘の中盤で脱落している。与えられた課題をこなし、高得点を叩き出すことは重要視されるが、前提条件に挙げられるのはチーム全員が生存を果たしていることだった。いくら得点が高くても、全員が生存していなければトップの成績は与えられない。
 しかし、頼人はどうにか中盤までは生き残っても、シミュレーション銃によって被弾し、"死亡"扱いになる。同じチームでリーダーの3年生志摩あやめは常々「よりりんはすぐ死んじゃうなぁ」とこぼしている次第なのだ。クラスメイトも、それを知っているからこその発言である。
「頑張るわ。っても、俺頑張ってあれなんだけど」
 別に手を抜いているわけではない、というのが頼人にとっての辛い所だった。それはもちろん、目の前のクラスメイトとてわかっていることなのだが。
「まあそりゃそうだ。頼人が手抜きなんて高度な技、出来るわけねぇもんな」
「そうそうってコラ」
「いやでもそうじゃん? 手ぇ抜いて最初で死ぬんならともかく、中盤までは生き残れるわけだし」
 さすがに最初から"死亡"扱いにはならない程度に、頼人も成長していた。最初の授業では開始30秒で被弾して死亡扱いだったことを考えれば、成長していると言い張っていいのだろう。
「つーか、真剣にやってなかったらバレるだろ。ナエちゃんとか容赦ねーじゃん」
 クラスメイトが挙げるのは、頼人たちの担任である和仁早苗のことだ。演習授業において監督を務める早苗は、生徒相手だろうとまったく容赦がない人物として有名だ。適当に授業をこなしていれば、即刻バレてそれなりの処分が待っている。
「おうよ、だから俺はいつでも真剣なんですー」
 真剣にやった結果として、中盤までは生き残っているのだ。ただ、中盤以降はそれこそ実力差がはっきりしてくる。幸運で生き残ってきたチームはこの辺りで消えて行く次第である。その事実をよくわかっているからこそ、頼人は今の現実をただ受け止めていた。
 俺が生き残れるのは、中盤までは生きていられるのは。確かに俺の努力もあるけど、それが理由じゃない。俺の努力なんて大した意味がない。だって。
「ま、頼人のチームならそれこそ優勝かっさらってってもおかしくねーしな」
 クラスメイトの言う通りだった。頼人とチームを同じくする人間は飛びぬけた能力を持つ者ばかり。まったく釣り合いが取れていないことなど、頼人も充分知っている。何故このチームに自分がいるのか、と考えるとチーム全体の平均値を下げるための役割くらいしか思いつかないのだ。
 リーダーのあやめしかり、同じく3年生の宝谷紀和子、2年生の柿木善、頼人と同じ1年生の楢崎晴乃。彼女たちは間違いなく有名人で、その能力の高さは図抜けていた。だから、もしも頼人が"死亡"しなければ彼女たちのチームが常にトップの成績を取り続けることなど、造作もないのだ。
「初めて与えられた試練ってヤツがお前なんじゃねーの?」
 にやにやと、それはもう楽しそうにクラスメイトは告げる。確かに、もしもこれで平均的な人間があのチームに放り込まれていたら、それこそ殿堂入りにでもなれそうなレベルでトップクラスを維持し続けるだろう。頼人という存在がいるからこそ、中々結果に結びつかない。そういう意味では、頼人の存在も重要と言えるのかもしれなかった。
「でもいつか本気でキレられるか愛想尽かされると思うわ…」
 もしもこのまま進歩が見えなければ、十中八九そうなるだろうという予測がついた。そんなことになったら一体どんな処遇が待っているのかわからない。第一において、同じ寮で暮らしているのだ。嘘でも語弊でもなく一つ屋根の下で暮らす人間たちに愛想を尽かされるのは、さすがに勘弁してもらいたい。とりあえず努力もしているし、わずかでも進歩はしていると思うのだが。果たして彼女たちが、悠長にそれらを待っていてくれるかどうかは別問題である。
「ま、精々頑張れよ。応援してるぜ!」
 完全に他人事の顔でクラスメイトは言い、思いきりよく肩を叩いた。何だかんだで目の前のクラスメイトも能力は高く、特に身体能力が高いということは充分に知っていた。お前くらいの筋肉があればなぁ、と思いつつ「ありがとな」と返した。
「それじゃ、ご武運を」
 担任である早苗の口ぶりを真似るクラスメイトを見送り、頼人は廊下を進む。やや長い休憩時間だとは言え油断は禁物だ。ただでさえ足を引っ張っているのだから遅刻は厳禁、むしろ誰よりも早く到着していなくてはならないレベルだろう。
 頼人は胸ポケットからパソコンを取り出した。折りたたまれていたそれを開いて、指紋を照合してからパスワードを入力し起動する。フラットな画面に映し出されたキーボードを叩いてコマンドを入力すると、集合場所の地図が画面に現れる。チームごとにばらばらの場所が指定されており、授業開始時にはここへ集まっていることが大前提になる。頼人はどうにか地図を読み取って、集合場所を目指す。