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Note No.6

小説置場

オリエンテーション


 入学式を終えた新入生はそのまま自分たちの教室へと向かう。会場に入った時点でクラスはわかっているし、席順はクラスごとになっていた。そのため、入学式会場だった体育館からの道のりは、必然周囲の人間と同じになる。
 緊張気味の面子に混じり、頼人も自分の教室を目指した。ただでさえ、新しい場所だから気持ちが張り詰めているというのに、周囲にいるのが女子ばっかりなものだから、頼人はいっそう落ち着かない。今まで祖父と二人暮らしだった身の上なので、異性に対しての免疫がほとんどないのだ。いや一応接触してることはしてるけど、あれを異性と呼んでいいものか。真っ向からドSなあれを異性と認めたら俺は色々心が折れそうだ、もう少し夢が見たい。そんなことを思い、隣を歩く女生徒にどぎまぎしながら教室へ到着した。
 新入生たちは定められた席に着きつつ、辺りをうかがっていた。話かけようか、それとももう少し様子を見てみようか――。静かではあったが、互いを牽制しあうような空気が流れているのは、新しい出会いの場では至って自然なことだろう。ここ1年3組でもそれは例外ではなく、独特な雰囲気が辺りを支配していた。
 しかし、すぐにそれは破られる。教室の扉を開けて人が入ってきたからだ。生徒たちが視線を投げた先にいたのは、黒髪をすっきりとボブショートにした女性である。軍服を着こなし、颯爽とした足取りで教卓まで歩いてくる。
「入学おめでとう。私は1年3組の担任をつとめる和仁早苗です」
 はきはきとした口調で告げる。そのままの調子でこれからの予定を述べ始めるので、新入生たちも背筋を正して話を聞く。この学園が一体どういうものであるかは、入学前から知っている。独自のカリキュラムを徹底的に教え込む、それがこの神世学園だ。息抜きをしている暇などないに違いない、としゃんとした気持ちで早苗の話に耳を傾ける。
「それでは、時間割を見てください」
 机の上には厚手の封筒が置かれており、中には様々な書類が入っていた。最初に封入されているものが全て揃っているかを確認したので、時間割があることも当然わかっている。頼人は言われた通り、時間割を取り出して目を通した。
 A4用紙に収められた時間割には「神世学園1年3組標準時間割」と記されていた。恐ろしいことに、授業時間は10時間目まで存在している。一応「補習」枠なので、教科は記されていない。それでもこうして枠が取られていることから考えると、10時間目まで補習する事態も珍しくない、ということなのだろう。
 10時間目が終わるの19時20分って、夕飯20時過ぎるじゃん、などと思っていると早苗が口を開く。この時間割はあくまで標準時間割、決定したものではないのだという。
「この時間割には野外演習が記入されてません」
 野外演習――正式名称は「軍事ロボット野外戦闘演習」。神世学園の顔とも言える特徴的なカリキュラムであり、入学前からその存在はもちろん知っており、頼人が最も憂鬱になる科目だった。
 神世学園の経営母体である御中財閥は、軍用機械の製造を請け負う会社でもあった。そのために、実際軍部で使用されている軍事ロボットを使った演習が可能となった次第である。学園の生徒たちが5人で1組の班となり、与えられた課題をこなす。実際の戦闘を模しているため、軍事ロボットを操作するだけではなく、戦略を練り時には武器や徒手格闘の技を使用し、事態を打破していかなければならない。正直頼人にとって気が重くなる要素しかない。
「野外演習は、各学年が入り乱れてのチーム制になっています。もちろん、みなさんはとっくに知っていると思いますが」
 どこか面白がるような響きで早苗は言った。それは恐らく、これから1年間以上寝食を共にし、一つ屋根の下で暮らす人間たちとすでに顔を合わせていることを知っているからだろう。
 神世学園は、本州から離れた場所にある人工島に存在している。生徒たちは、その中に作られた寮で暮らすことが義務付けられており、入学式よりも前に入寮を済ませているのだ。5人で1組のチーム制の通り、寮も5人住まいなのであまり寮らしさはなく、どちらかといえばシェアハウスといった赴きが強い。
 頼人も既に顔合わせは済んでおり、一緒に住む人間のことは知っていた。人となりを理解出来るほど親しんではいないのだが、とりあえず一つだけ言えることはあった。どうやら俺のチームメイトは一筋縄ではいかないらしい。
 人懐っこく話しかけてくれた班長はずば抜けた頭を持っており、人の思考を容赦なく読んでくる。同じく3年生の先輩は見惚れるほどの美人だったが機械オタクで常識がない。2年生の先輩は無口あんまり話してくれないからいまだによくわからない。唯一同じ1年生はマトモそうだけど、すげえ強かった。冗談じゃなく強かった。
 思い返した頼人は「あれマジで何なのあの面子」と思っていた。ただでさえ、自分以外女子という状況に戸惑ってるのにどうしろと。
「学年を越えて授業を組むので、野外演習の時間は各個人でばらばらになります」
 だからこの時間割はあくまでも標準なのだ、と早苗は続ける。この時間割のうち、どこが野外演習の時間になるのかは人それぞれです、とも。
「というわけなので、受けられない授業というものが出てきます。たとえば、月曜日の1時間目と2時間目が野外演習の授業だとします。すると、情報と英語Ⅰが受けられません」
 早苗の言葉に時間割を見れば、確かにその通りだった。野外演習のない生徒たちは教室で授業を受けているだろうが、演習中となれば外を動き回っているのだ。
「そういう時のためにあるのが、この『総合学習』の時間です。見つけてください――ありましたか?」
 時間割を目で追えば、全部で4つ「総合学習」の時間があった。早苗は生徒たちがきちんと目的の物を見つけたことを確認してから、先へ進む。
「この時間は、野外演習で受けられなかった授業を受ける時間です。さっきの例で言えば、情報と英語Ⅰを『総合学習』の時間に受ける、ということですね」
 わかりましたか、と早苗は教室内を見渡した。そう難しい話でもないため、新入生たちはうなずきを返す。早苗はにこり、と笑った。
「わかったなら『はい』と返事をすること。大きくなくても構いません。ただ、はっきりと返事をしてください。いいですか?」
 力強い視線だった。怒っているのとも違って、ただ気圧されるような空気。新入生たちは数秒呆気に取られていたものの、早苗の空気に引きずられるようにして、あちこちで「はい」という声があがる。それを聞き届けてから、早苗は続けた。
「それでは、野外演習の時間割を渡します。それぞれの端末に転送してもいいんですが、顔と名前を覚えたいので一人ずつ取りに来てください」
 出席番号1番目の名前を呼べば、きっぱりとした返事とともに教卓の早苗の元へ歩いていく。頼人はそれをぼんやり眺めてから、さて俺の時間割は一体どうなるんだろう、と考えていた。