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Note No.6

小説置場

蛇使いの女

 彼女は何かと話題に事欠かない人である。そもそも、その容姿だけで話の種になるのは充分なのだ。すらりとした肢体に、バランスのいい体つき、整った顔立ちに、豊かな栗色の髪はふわりと波打っている。歩く姿はまさに優雅、彼女のいる場所だけを切り取れば、一枚の絵画のようですらあった。
 そうであるからして、彼女は学校内でも有名人の部類に入っている。すれ違えば誰もが振り返るような美貌を備えているのだから当然だ。だからこそ、何も知らない新入生などは、周囲の人間に尋ねるわけである。「今そこを歩いていた人は誰なのか」と。
 新入生たちはそこで知ることになる。目を見張るほどの美しさをたたえた女性が有名人であることと、その理由が決して顔立ちからではないことを。何よりも彼女を有名にしている理由は、学園においても特徴的なプログラムに関係している。軍事ロボットを使用した野外戦闘は学園の顔と称しても過言ではない。彼女は、そこで使用される軍事ロボットの卓越した操作能力で、学園内に名前を轟かせているのだ。

 宝谷紀和子は有名人である。その容姿もさることながら、生徒の中で比肩することのない操作技術と、機械に対する偏執的なまでの愛情は名高かった。新入生たちは当初こそ、紀和子の美貌について噂を交し合っていたが、次第にその内容は変化していくのだ。
「ワコ先輩は今日も美人だねぇ」
 しみじみとした調子でつぶやくのは、蜂須宏彦である。さっき中庭で見かけたけど、と言ってからその美貌をたたえはじめる。今でも紀和子の容姿についてあれこれと言及するのは精々宏彦くらいのものだろう、と政見頼人は考える。目の前の友人はそういう人間だ。美人を見たら美しさをたたえることが遺伝子レベルで刻まれているんじゃないか、と疑うレベルなのだから。
「そういえば、昼休みは一緒に散歩してるとか言ってたわ」
 紀和子と同じ寮で同じハウスの住人である頼人は答える。世間話もするので、休み時間中の過ごし方辺りは把握しているのだ。宏彦は頼人の言葉に「いいなぁ」とつぶやく。
「ワコ先輩と同じ班とか羨ましい! 僕も一緒がよかった!」
 美人はそれだけで価値がある、と言い切る宏彦にとってはあくまでも紀和子の美しさが最重要事項であるらしかった。入学してからだいぶ経ったこの時期に、真っ先に紀和子の美しさを力説する人間は稀だと言っていいだろう。この時期であれば、生徒の大半はレベル違いの操作能力と、機械への偏愛っぷりの印象が強くなる。
「ワコ先輩はあれだ、オロチの操作技術がおぼつかない人間には興味ない。死ぬ気で頑張れ」
 オロチというのは、野外戦闘演習で使用される軍事ロボットの通称である。正式名称は「前線活動型戦闘用可変式軍事ロボット」であり、関節ユニットでつながれたロボットはヘビの姿に似ている。
 専用の端末によって操作し、オロチに搭載された武器を使用して攻撃を加えていく。オロチの位置を把握しながら敵の情報を確認し、尚且つ効率的な攻撃方法を考えなくてはならない。さらにその上で、素早く的確なコマンド入力が必須となるのが、オロチの操作である。高度な情報処理能力が要求されるため、思い通りの操作を行うには、かなりの訓練と時間を要する。新入生である頼人や宏彦は、もちろんその領域まで達していない。
 一般よりも劣っている自覚はある宏彦なので、「ええー」と唇を尖らせている。その肩を叩いた頼人はこっそり笑みを浮かべ、胸中でつぶやいた。まあ、興味ないとまでは言わないけど。現に俺とは普通に話してくれるし、馬鹿話とかもしてくれるし。だけどやっぱり、ワコ先輩的にはオロチの操作が上手い人なら話が弾むだろう。
「それってやっぱり、オロチ6体とか操作出来ないと駄目ってこと?」
「ワコ先輩が6体だから、それ以上なら尊敬されるんじゃね?」
「無理」
 きっぱり言い切る宏彦に頼人もうなずく。確かに、オロチ6体操作出来るワコ先輩の方が異常だもんな。
「あ、じゃあ今度、昼休みにオロチの散歩に混ぜてもらおっかな!」
 名案だ! という顔で言う宏彦。頼人はきっぱり答えた。
「邪魔するなってキレられるに1000円」
 紀和子がこの世で最も愛しているのは機械の類である。特にオロチに対しては一方ならぬ感情を抱いているようで、昼休みには3m級の金属製大蛇と散歩をしている姿がよく見受けられる。新入生たちが、紀和子の特異さに気づき始めるのはこの辺りからである。それはもう仲睦まじく、機械の蛇と戯れているのだから目を引くのも当然だろう。
「ワコ先輩とオロチだけの世界だから。侵入しようものなら、本気で攻撃されるだろ」
 自分たちの邪魔をするものは容赦なし、というのが紀和子だった。実際、何かとちょっかいを出してくる人間に対して徹底的な報復を行ったことがあるのだ。頼人たちが入学するよりも前のことで、紀和子は1年生だった。紀和子と同学年で、3年間同じ寮に暮らす人間から聞いたのだ。内容は確かだろう。
 何でも、上級生の男子生徒は、飛びぬけて美しい紀和子に目をつけたらしい。どうにか自分に振り向かせようと、何度袖にされても諦めることなく紀和子にまとわりついて、至る所に出没していた。初めこそ穏やかに対処していた紀和子だが、あまりに何度も自分の時間を邪魔されたので、堪忍袋の緒が切れたらしい。最後通牒を突き付けたかと思うと、目にも留まらぬスピードで端末を操作し、島内に散らばるオロチを瞬く間に召集した。的確なコードを寸分の無駄なく打ち込み、驚異的な速度でオロチを呼び集めた。女王に馳せ参じる騎士のように、オロチは紀和子にかしずいたという。そして紀和子は、徹底的な攻撃を命じた。
 もしも殺傷能力のある武器を搭載していれば、確実に死んでいただろうという攻撃だった。当然徹底的な注意を受け、反省文も提出したようだが、校内には一種の畏敬と共にその噂は広がっていった。類稀なる攻撃力を備え、島内のあちらこちらに息を潜めている大蛇たち。それらになつかれ、意のままに操ることが出来る美貌の女性。
 いつからか生徒たちは、彼女のことをこう呼んだ。オロチの操作に秀でた天才。類稀なる能力者。オロチを操るその姿は、まるで蛇使いのようだ。