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Note No.6

小説置場

マジックワールド

「終末の砂時計」

 もしも魔法が使えたらきっと。


「頼人くんには無理だと思いますけど」
 呑気そうな顔をして、朗らかな笑顔を浮かべて晴乃はきっぱりと言った。明後日提出の課題をこなしながら、それはもうあっさりと。まるで淀みのない口ぶりに、一応反論を試みる。
「そんな即答しなくてもいいだろ。俺だってやる時はやる」
「それは知っています」
 肩をすくめた晴乃は、持っていたシャーペンを置いて真っ直ぐと俺を見る。静かな黒い瞳は澄んだ輝きをたたえていて、同じ調子の言葉が唇から放たれる。
「頼人くんは、何だかんだ言いながら最後にはちゃんと立っていられる人ですよね。苦しくても辛くても、絶対諦めないで、きちんと選ぶことが出来る。そんなこと、よくわかってますよ」
 だけど、と晴乃は言葉を重ねた。頼人くんのことを馬鹿にしているわけじゃありません。無理だって、そんな度胸がないんだって言っている訳ではないんです。私が言いたいのはそういうことじゃなくて――つぶやいた晴乃は、そこで少し目を伏せた。机の上に投げ出した手を見つめて、言葉をつなげる。凛として静かな、それでいてどこか弱い声で。
「頼人くんは、選べませんよ」
 晴乃はこちらを見た。浮かんでいるのは笑顔だったけど、どこかに翳りを感じさせるような、そういう種類の微笑みだった。
「頼人くんは、全ての敵を殲滅するなんてこと、出来ませんよ」
 ただの事実を述べる言葉だった。晴乃の言う通り、俺を馬鹿にする響きは一つもない。俺にそんなこと出来るわけがないだとか、何くだらないことを言っているんだ、という揶揄ではない。そこにあるのは純粋な、ただ混じり気のない事実だけだ。
 晴乃は真実、心から言っている。からかうでもなく、俺という人となりを知っているからこそ、当たり前に導かれた結論を口にしている。
「だって頼人くんですから」
 浮かべられた笑みに、わずかな悪戯っぽさが混じった。「魔法みたいな力を手に入れたら、敵を全滅させるなんて」
 それは他愛ない雑談だった。別に本気で願っていたわけじゃなくて、小さな頃に読んだ本や漫画を思い出して言ったのだ。人知を超えた不思議な力を持って、敵を相手に戦う物語。主人公たちは着実に力をつけ、強大な敵さえも打ち負かしていた。現実では有り得ない、まさに魔法のような力だ。
 もしもここに、俺に、そんな力があったなら、と思ったのだ。魔法みたいに、誰にも負けない力を手に入れることが出来たら。そしたら俺はこうするだろう。襲いくる敵を全て退けて、そうして言うのだ。もう何もしなくていいって、戦う必要はないんだって。俺が全部引き受けるからって。
 だって俺はいつだって、後ろで見ていることしか出来ない。弱くて足手まといの俺は、いつだって隠れてばっかりだ。力になると言ったって微力でしかなくて、歯痒い思いばっかりしている。
 努力はしている。昔よりはだいぶ力もついたし、少しは役に立つことも出来た。だけどやっぱり追い付くにはまだ足りなくて、結局俺は守られてばかりだ。だから、もしも魔法みたいな力を持っていたら。俺はきっとこうするだろう。今まで守られてばかりだった俺は、代わりにみんなを守るのだ。もう何も守らなくていいのだと。守りたいものは全部俺が守るから。戦うのはみんな俺が引き受けるから。だからもう、みんな誰も傷つけなくていいんだと。
 だけど、晴乃はあっさり否定した。俺の決意や意志を否定したわけではなかったけれど、それでも俺の言葉に首を振るのだ。俺が一番言いたかった、俺が一番もういいんだって言いたかった晴乃自身が。
 いつだって晴乃は先頭を切って戦いに飛び込んでいく。戦闘能力には目を見張るものがあるから、どんな時も俺は助けられてばっかりだ。晴乃は踊るように戦い、あざやかに敵を昏倒させる。それを否定するつもりなんて微塵もない。だけど、いつも思っていた。何度も願っていた。
 心やさしく馬鹿みたいに強い目の前の人間が、その手を汚さなくて済みますようにって。
 こんなの俺の勝手でしかないし、守られている俺が言う台詞じゃない。わかってる。わかってるけど、思いたかった。願いたかった。戦うことが当たり前で、誰かを傷つけることさえも当たり前みたいに受け入れている晴乃に。本当は誰のことも傷つけたくなんかない癖に、それでも覚悟してしまっているんだ。自分の手は、足は、その身体は、誰かを害するためにふるわれるのだと。
 だから言ったのだ。もしも俺が魔法みたいな力を手に入れたら、敵を全滅させてやるのに、なんて。そうしたら晴乃はもう二度と、誰かのことを傷つけなくていいのだ。役立たずの俺の代わりに、誰かに痛みを与えなくていい。
「だって、頼人くん」
 わずかに小首をかしげて、晴乃が口を開いた。さらさらの黒い髪が流れていく。おだやかなその様子は、瞬く間に敵をなぎ倒していく姿とはまるでかけ離れている。日当たりのいい部屋でゆっくり読書でもしている方がよっぽど似合う。
「頼人くんに魔法みたいな力があったらどうするかなんて、決まってるじゃないですか」
「…なんだよ」
 晴乃たちを守ること意外にやることなんて思いつかない。晴乃が手を汚さなくていいようにって、それを実現させる以外に使い道がない。心底思っていたんだけど、晴乃言葉を聞いた瞬間その考えを改めることになる。
「頼人くんなら、世界中から争いなんかなくてしまいますよ」

 

(世界に魔法をかけてしまうの!)